こんばんは。

​もう少し、ここに至るまでの話をさせてください。
 
当時はまさに、人生で一番しんどい時期でした。
​父が退院してホッとしたのも束の間。
母の暴言が激しさを増し、
妄想からくる怒りに翻弄される日々が始まりました。
 
​耳が遠くなった父が返事をしそびれると、
「私と口もききたくないんだな!」と物に当たり散らしたり。
はたまた「父に浮気相手がいて月々お金を振り込んでいる!」
という、通帳を預かっている私から見ればあり得ない妄想をぶつけたり。
(当時、父は88歳!本当だったら逆にすげーわ。)
 スマホすら寝室に持ち込んでいないのに「夜中に女にメールしてた!」
「もう1台スマホある、窓から投げ捨ててた!」妄想暴走
​必死で仲裁に入れば、「お前らグルだな!」と私に矛先が向き、
時にはビンタや蹴り、噛みつくなど。
一番酷い時は包丁を手に取る母を、
私が力でねじ伏せることさえありました。
「何でここにいるんだ!旦那のところへ帰れ!出ていけ!」等々
 
病気が言わせている、やらせていると
頭では分かっていても、私だって一人の人間。傷つきます。
 
​そんな母に恐怖を感じて、私が治療で神奈川に帰ると
「早く戻ってきて」と縋る父と、暴走する母。
その間に立ち続ける日々。
父の入院と退院を繰り返すたびに、
母の不安定さも増していく悪循環でした。
​それでも、現状を変えたくて必死でした。
脳神経外科の先生に1時間半かけて窮状を訴え、
ようやく専門病院への紹介状を書いてもらえた時は
一つ大きな壁を乗り越えた心地でした。
 
​長く暗いトンネルの中にいた私ですが、
そんな毎日の唯一の息抜きがありました。
それは、神奈川から運んできた電動アシスト自転車で行くお買い物。
​風を切って走る瞬間、そしてお菓子売り場で
「どれにしようかな」と悩む時間。
そのささやかなひとときだけは、心がパッと明るく、
ウキウキとした色を取り戻せた気がします。
​もう少しだけ、続きます

 

 

 

私の相棒
小回りが利いて扱いやすいです。
夫が一緒に実家に来る時車で運んでくれました。
ペーパードライバーで実家の車を手放した私には必須となりました。
 

 

 

神奈川で住んでる所は坂道が多く、
少し贅沢かなーとも思ったけれど
買って良かったと思っています。

 

 

 

 

現在、お昼と夜の食事は私が作っていますが、
朝だけは母が作っています。
每日同じメニューですが、
それでもヨーグルトを忘れたりします。
 
 
「欲望ノート」
 

毎朝欠かすことのない母の朝ごはん(パンだけどw)のお供です。
 
 
 
今日も煩悩だらけで生きてます。