「何か行動を起こさなければ、何も変わらない」
 ビジネスの場面において、この言葉を実感できる場面は多いのではないでしょうか。自分が本当にコントロールできるのは、自分自身しかいません。
 自分だけが自分の責任を取ることができます。

 米国で、組織的開発会社を設立、大手企業の顧問を務めるジョン・G・ミラー氏は、“QBQ! The question Behind the Question : Practicing Personal Accountability at Work and in Life(成功する人の自分質問術~成功する人が普段から使っている、自己質問術とは?~)”(有料Podcast番組「エグゼクティブ・ブックサマリー」にて邦訳要約版を配信中)において、今ある現状に対し言い訳をせず、現状を改善するには何ができるのかと自分自身に問いかけることを勧めます。さらに、その中で、「行動」は1つの決定的な原則として語られています。

 ミラー氏は「行動を起こすこと」について以下のように語ります。
 「行動は、物事を具体的に成し遂げていくために拍車をかけてくれ、さらに、目的を達成させることを可能にしてくれるのです」

 結果を出すためには、行動しなければいけません。
 しかし、行動しようと思う気持ちの側には、常に「怠慢」が存在します。怠慢は私たちの行動しようと思う気持ちを阻みます。ここでミラー氏は、「行動 対 怠慢」という図式を作り、行動で得るものと怠慢で得るものを対比します。

 行動は学習と発展を生み出す
 怠慢は停滞と後退に至らせる

 行動は解決策をもたらす
 怠慢は現状維持に留まる

 行動は勇気の副産物である
 怠慢は恐れの副産物である

 行動はさらなる自信をもたらしてくれる
 怠慢は疑念を生み出すだけ

 行動した結果、失敗することもあるでしょう。しかし、その失敗は結果の一つとして理解するべきです。
 自らの責任で自らが動く。何かに迷ったりしたとき、まずは動いてみるのもいいのかも知れません。
特別な思いを寄せている相手には、誰しも、いつまでも心に残る思い出を、お互いに重ねて行きたいものです。長く続く関係を求めるのなら、なおさら。「昔、こんなことがあったね」と言って、「そんなことあった?」といわれると、少し寂しくなってしまいます。

そこで、お互いに忘れられない思い出を作る、素敵な方法をお教えしましょう。お金も時間もできる素晴らしい方法です。

この方法は私(記者)自身が体験したもので、その当時の思い出を、今でも心に携えています。諸事情により、その相手とは別れることになってしまいましたが、その人にもらった思い出は、いつまでも温かく心に刻まれています。

その当時のことを少しお話しましょう。まだ私が学生の頃、外国人の方とお付き合いする機会にめぐり合いました。その方は、カナダ出身で、アルバイト先で出会ったのです。日本語が堪能ので、語学留学で日本を訪れていました。後々は日本で仕事をしていくことを望んでいたのですが、ご家庭の事情で突然別れることに。

別れが近付いたある日のことです。夕暮れ時の公園を散歩していたときのこと、その人は私にこう言ってくれました。

「この景色をあげる」と。

オレンジ色に彩られたブランコや滑り台。遠くに見えるビルや、名前も知らない立ち木。そして、そこにいる私たち。それらすべてを「あげる」と言ってくれたのでした。

今、手に取れる形は何もありません。しかし、その時その瞬間を、「自分の物」と思っても良いと、感じられたのです。その気持ちが嬉しかった。

思い出話が長くなりましたが、お金も時間もかけず、言葉をかけるだけでも、相手に忘れられない思い出を贈ることは可能です。むしろ、お金をかけただけ相手に自分の思いが伝わるということはないのです。ささやかな心配りと、その人を大切に感じる気持ちがあれば、お金や物に勝る価値を見つけることができるのではないでしょうか。

本当の思いを伝えたいと思う相手がいる方は、是非この「景色をあげる」という方法を試してみてください。ただし、何度も使うものではないので、可能なら一生に一度と思って実践してみて頂きたいです。
■尊敬できる人と付き合いたいのは男性も一緒

 先日、男女数人で食事をしたとき、30代の男性が興味深いことを話していた。

 「男には、本気の扉と遊びの扉という2つの扉がある。女の子はその扉が奥のほうで繋がってると信じているけれど、残念ながらそれは幻想なんだよ。扉の奥は繋がってない、洞窟なんだ。最初から結論は決まってる。先延ばしにしても、それは延命治療みたいなもの」

 なるほどなーと思って聞いていた。だけど、これはどんな男性にも言えることなんだろうか。一般論ではあるけれど、少なくとも私には、そうは思えなかった。もっとたくさんの関係性が、男女にはあると思っていたから。

■「本気」と「遊び」だけでは片付けられない男女の関係性

 男女の関係性を表すときに、世間ではよく「本気」と「遊び」という言葉が使われる。じゃあ「付き合おう」と言ったら本気で、言わなかったら本気じゃない? そもそも「付き合う」ってなに? 結局、どういうことなの? これを考えたことのある人は、きっと私だけではないと思う。

 そういえば昔、こんなことを経験した。そのときは恋愛の末期で、ちょうど仕事の忙しい時期と重なったこともあり、今まで噛み合っていた彼との歯車が、どんどん噛み合わなくなってきた。遂には、傷付け合戦に突入。好きなくせに相手を傷つけ合ってしまうスパイラルからどうしても抜け出せなかった。結局、お互いの連絡先を消して無理やり離れることにしたけど、数ヶ月後、ばったり再会してしまった。もう、無理だった。ダムが決壊するかのように、愛おしさが溢れて。

 そこにはもう「付き合おう」なんて言葉はいらなかった。言わなくても同じ気持ちでいることぐらいわかった。そしてそのまま、腐れ縁に。一度恋愛をしきった関係だったから、以前とは微妙に関係性は違った。友達以上恋人未満というのがあるなら、あれは恋人以上夫婦未満というところかな。

■白黒はっきりした関係だけでは、おさまりきらない男と女

 よく「付き合う」以外の男女の関係性について話すと、意味を勘違いされることがある。男女の関係性を示す単語が、この国には少なすぎるからだろうか。たしかに「友達」「恋人」「カラダの関係」ぐらいしかないもの。

 だけど恋愛は、白黒はっきりした関係だけではおさまりきらないのも事実。経験したことのある人にはわかってもらえるだろうけど、白黒はっきりしない関係が不純なものかといったら、そうとは限らない。別に隠しているわけでも悪いことをしているわけでもなく、お互い尊敬ができる関係で、何なら友達にだって紹介し合えるぐらいの人であっても、グレーなことはある。

 それに、自分の気持ちに正直に生きていたら、恋愛感情に名前をつけて境界線を引くことのほうが難しいんじゃないのかな?とも思う。10人いたら10通りの関係性があるし、もっというと世界に一つだけの関係をつくらないと、恋愛した充実感なんて湧かない。

■「付き合う」よりもっと、大切にしたいこと

 そんなことを熱弁していると「付き合うって約束しないと不安じゃないの? 浮気されないの?」と聞かれる。そう聞かれると、いつも考えてしまう。恋愛のゴールは、好きな人の彼女になること? 相手に本気だと思ってもらうこと?

 相手に浮気されるのは、誰だって嫌だ。でも「この人と恋愛する!」と決めたら、信じ抜かないと意味がないと思う。才能でも性格でもいいから、この部分だけは自分のことより信頼できると本心で思えないと良い関係になんてなれない。裏切られたとか浮気されたというのは結果論だから。

 まず信じ抜くことができたら、どんな結果でも学びはある。彼が浮気をしたくならないような信頼関係をつくることが、一番じゃないのかな。失いたくないと思わせる、いい女になることが。

■深い愛情で信頼関係をつくる方法

 そこまで深い愛情で信頼関係をつくるのは、簡単なことじゃない。「彼が私のことをわかってくれないの」と思ったのなら、まずは自分が相手を理解する姿勢を持ちたいし、いつも素直でいられたかどうか心に問いかけていたい。

 相手を理解して、相手に溶けて、相手の視点で世界を見つめられるようになったときにはじめて、人間としての本物の付き合いがはじまる。きっとそれができる頃には、二人の関係性にどんな名前がつこうと、どうでも良くなる。男と女も超えて、本気と遊びなどの境界線も超えて、愛することができるはずだから。