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ざっくり世界史を眺めたい

ざっくり世界史を眺めたい人向けのブログです。
独断と偏見で話題を選定するので、詳しく書いてあったり、表面なぞるだけだったりする時があります。どうぞご了承ください。

古代ギリシア人の生活とポリスの成立について解説していました。

予告通り、2つの強大なポリス、アテネスパルタについて解説していきます。

ですが、今回は特にアテネについて詳しく書いていきます。


以前書いたとおり、アテネはイオニア人のポリスです。このポリスの特徴は民主化
このワードを念頭に置いて解説を始めていきます。


最初に城や城砦を築いた有力者の子孫を貴族といい、彼らがポリスの政治を独占しました。

当初民会は、貴族しか参加することができませんでした

この民会ではアルコンと呼ばれる執政官が9人選出され、そのアルコン経験者で構成される貴族会議がアテネの最高機関でした。
また、人口の3分の1は奴隷であり、その多くは戦争によって獲得されたものでした。


土地的に貿易に向いていたアテネはピレウス港を中心にオリーブ油を輸出することで栄えました。
また、小アジアのリディア王国から貨幣が流入したことで、さらに交易は栄えていきました

こうしたことを背景に、商人や奴隷など、それまで政治に参加していなかった身分の人間も交易に参加することで徐々に力をつけていきました


アテネで貴族が政治を行うのは兵役を務めていたからでした。
城壁の外に住む平民には兵役を務めるための武器を実費で揃えることができず…従って参政権も持ちませんでした。

ですが、交易が栄えていくに連れ、平民も徐々に資金を蓄えるようになっていきます。
こうした中、現れたのが富裕層で、彼らは兵役を務め、参政権を手に入れようと貴族たちと身分闘争を起こしました


ここに、アテネの民主化の道が始まりました。


ざっくりまとめると、こんな感じ……

僭主ペイシストラトスの登場
クレイステネスの改革
・ペルシア戦争を経て、ペリクレスの登場

ペルシア戦争後に現れたアテネの指導者ペリクレスの登場でアテネは一応の民主化を完成させます。

それぞれの改革には別ページで解説を随時追加していきます。


と、いうことで、次回はスパルタの解説に入りたいと思います。

あしからず