電気は点けなかったが、廊下からの光で十分だった。
それに、初めて入る部屋でもない。
少しだけ隙間を残してドアを閉め、イェソン兄のベッドに倒れこむ。
本人はリビングで映画を見ていたから、しばらく一人になれるだろう。
映画が終わるまでに、ソンミン兄たちの話も終わればいいけど。
ドアに背を向けて横になり、ため息を吐く代わりに歌を口ずさむ。
自分たちのではない曲の中から、できるだけ意味のない言葉を。
目の奥に居座る痛みは眠ることを許してくれそうにない。
やっぱり薬を飲むべきか。
胃が荒れるからあまり使いたくないんだけど。
「キュヒョン?」
突然の声に、思わず息を飲む。
こっそり来たつもりだったのに。
画面に見入って気付かなかったと思ったのに。
俺は目を閉じて、背を向けたまま答える。
「ベッド、借りてます。俺の部屋、ソンミン兄とヒョクチェ兄が何か話してて、入り辛い感じだったんで」
「大丈夫か?」
「大丈夫です。部屋が空いたら、教えてください」
イェソン兄はどうやら入り口に立ったまま。
「大丈夫ですから」
黙り込むヒョンに念を押す。
気にかけてくれるのは有難いが、甘えたい気分になれない。
せっかく一緒に過ごすなら、自分の調子の良いときじゃないと。
「そうは見えないんだけど」
さっきよりも近くから聞こえる声。
「寝たいんで、放っといて貰えませんか」
またしばらくの沈黙。
それから衣擦れの音がして、ベッドが軋んだ。
「なんなんですか」
ベッドに座ったイェソン兄は、何故か優しい声で答えた。
「子守唄、歌ってやる」
「意味が分かりません」
「聞いたら分かる」
呟くように歌い始めたのは、今年出たバラードだった。
今年出たといっても、自分たちの曲でも、同じ事務所のグループの曲でもない。
どうして、と思ったが、心地良かったので、それについては文句は言わないことにする。
残念ながら子守唄で頭痛は引かないし、引かない以上眠れそうもない。
それならそれで、俺のための歌声を満喫してやろう。
音響はイマイチだが、観客が一人だけのソロコンサートなんて豪勢じゃないか。
リクエストすれば、大抵の曲は歌って貰えそうだ。
そこまで考えてやっと、イェソン兄は俺の口ずさんだフレーズを聞いていたのかもしれないと気付いた。
それで同じアルバムの曲を選んだ。
連想して思いついただけで、好きそうだからとかそういうことじゃないとは思うけど。
「ジョンウン兄」
「何だ?」
「声って、届くもんですね」
部屋の電気は点けなかったし、横を向いてるから、きっと俺の表情は見えない。
俺は目を閉じてるから、イェソン兄の表情はもちろん見えない。
でも俺の頬が思わず緩んだように、イェソン兄も笑ってくれた気がした。
再開された歌は、さっきまでよりももっと優しく聞こえた。