4年が経ちました。


この1年もまた、私たち家族を取り巻く環境が大きく変わった1年でした。




なんとこりえ、母になりました❗️   


すでに生後100日を超え、母子ともにようやく少し慣れてきて、育児に奮闘している日々です。




妊娠が分かった時、周りの人からはよく「男の子ママっぽい」と言われましたが、私はきっと女の子なんだろうなぁと確信していました。


理由は私自身が長女で、娘を育てる自分を想像しやすかったから、

というのは表向きで(それも正しいですが)

実際は私が幼少期から母に対して、長年いろいろと思うところがあったからです。


同性だからこそ母は私を自分と重ね、特に母自身の悪いところを私に見たとき、どうしても私の方が弟に対してよりも強く当たる傾向にあったように思います。

そのために幼少期から大人になるまでずっと母に対して抱えていた思いは、とても重くて大きなものでした。


母と娘の関係というのは、我が家に限らず、大なり小なりこういったことはよくあることではあると思いますが…

しかし私の今の性格は母の私への接し方や態度によって作られた部分が大きく、少なくともそれによる影響なしには私のこれまでが語れないことは間違いありません。



クリスチャンはすべてのことには神様の計画があると信じています。


神を愛する人たち、すなわち、神のご計画にしたがって召された人たちのためには、すべてのことがともに働いて益となることを、私たちは知っています。

ローマ人への手紙 8章28節


私のこれまでの生き方、

母に対するさまざまな思いを抱えながらも母の死に直面したときにどうその気持ちと向き合えばいいかわからなかったこと、そしてその答えがいまだに見つからない私のこの性格を、誰よりもご存知の方が私のこれからの生き方を練るとき、一体どうされるだろうかと考えるとき、

きっと私に娘を授けるのではないかと思ったのです。


母は私を身ごもった当時、どんな妊娠期間を過ごし、どんな思いで私を産み、育てたのでしょう。


長女だったこともあり、わりあい優等生だった私に対し期待を込めての意もありましょうが、
それゆえ私は母に褒められることが少なく、肯定的な言葉をもらった記憶も少なく、
それでも生まれたときくらいは、何もできなくてもかわいいと思ってくれたりしたのかなぁ、なんて思ったり。

今となっては確認のしようもなく、
年末に実家に帰ったときには、日記にマメだった母の当時の日記を掘り起こそうと家中を探しましたが、結局私を産んだ前後の日記は見つからず、
妊娠期間は母が記録していた私の母子手帳をお守りのように日々眺めました。
妊娠期間が過ぎるたび、我が子の月齢を重ねるたび、私の成長を記録した母の筆跡を追い、思いを馳せました。



奇しくも母の誕生月と同じ6月に娘は産まれました。


愛する人との子どもは本当にかわいくて、ときどき切なくて、これまで抱いたことのない感情を知りました。

母もこうだったのだろうかと考えるとき、以前より少し母に対する気持ちも変化していくような気がします。


娘がいつか子どもを産むことがあれば、その際に母娘の関係がどうなっているかはわかりませんが、

あなたもたくさん愛されて心待ちにして生まれてきたのだと、

娘がそれを知り、なによりの心の支えとしてもらえるよう、妊娠期間の10ヶ月間の毎日を日記に写真とまとめて本にしました。

いつか娘にプレゼントしたいです。


母が植物が好きだったことを思い出し、今日はこれから娘を抱いて、季節の花を盛り込んだブーケを買いに行こうと思います💐

生きていたらきっと喜んでくれたことでしょう。


ではまた1年後👋