4. 帰化について(もしくは、居住国の国民になる)
君たちは、いつ自分が日本人じゃないことを知っただろうか。始めて知った時のことを覚えているだろうか。私は、4歳ぐらいだっただろうか。日本人ではないことをはっきり知った瞬間があった。たぶんそう親に言われたからだ。その時の「え?」っという感覚は今も覚えている。「え?」という感覚。なんだろう。思いがけないことって、こういう反応になる。日本人ではないということはわかった。でもそれについて周りがきちんと説明してくれたりすることはなかった。その事実がなかったかのように流れていった。そのことについては触れてはいけない、誰かに聞いてはいけないような不穏な雰囲気があった。ちゃんと向き合わない、知ってるけど知らないふりみたいな感じだった。はて、自分は韓国人らしいが、韓国が何かもわからないし。それはやっぱり小学1年ぐらいになって、テレビのニュースとか見ながら、なんとなく、だんだん、わかってきたのだ。在日(植民地時代から代々日本に住む外国籍の人たち)の子どもたちは16歳になったら、特別永住証明書が交付される。それが日本に外国籍である在日の子どもたちが日本に在住する資格だ。最近は、親の世代が帰化して、日本国籍の在日の子どもたちも増えている。しかし、まだそうでない子たちもいるので、これを書いている。私が在日コリアンだから、これは在日コリアンに関する話になるが、君たちの親の時代は、帰化について、抵抗感のある人もまあまあいた。親の親がそういう考え方の場合があるからだ。親の親は2世、やっぱりその親である1世が朝鮮半島から日本に渡ってきた世代だから、もっと朝鮮半島が身近だからだろう。君たちの親である3世になると、その人となりの90%以上は日本人だ。韓国語もわからないし、韓国に住んだこともないし、文化も違うし、当然日本人になることを考える。君たちのように日本に住んでいる外国人が日本人になることを’帰化’と言うのだ。つまり、居住している国の人になること。私は、韓国籍の特別永住者として生まれて、20代になってもどちらの国籍で生きるべきかわからなかった。その納得できる理由を見つけられなかったからだ。そして納得できる理由を見つけた今、私は今も生まれた時と同じ境遇だが、君たちには言える。「自分が住んでいる国の国民になったほうがいい」「もしくは、自分が帰る国の国民になったほうがいい」ということ。日本で生まれ、日本で育った。これからも日本で生きていくつもりだ。それなら、日本国籍がよい。もし家族は韓国籍で、自分が一人で日本国籍を取りたいなら、大人になったらはやい段階でその手続きを取った方がいよい。なぜかというと、今はグローバルな時代。世界中でチャンスがある。海外で勉強したり、仕事したり、住んだりする可能性がある。君たちが帰る国は日本だ。家族も日本にいる。それなら、日本国籍であることが、いろいろな手続きがスムーズだ。もし、韓国籍のまま外国に滞在したら、いろいろな手続きで、君は日本領事館ではなく、韓国領事館に行かねばならない。韓国領事館で英語や韓国語で対応せねばならない。外国に行けば、君は、韓国人扱いだ。いくらジャパニーズコリアンと言ったところで、現実的には何も解決できない。だから、韓国語がペラペラであれば、韓国籍のままでもさほど問題はないかもしれない。でも、帰る国でも外国人扱いだから、再入国の手続きなど、帰国するにもかかわらず、ホームらしい対応はしてもらえない。これは君のせいでもなんでもない。そういう法律とそういう取り決め、約束があるから仕方がない。個人がどうにかできることではない。君がもし韓国に留学して、韓国で仕事をして、わたしはここがホームだ。ここで生きていくんだ。そう思うなら、正式に韓国の国民になるのもよい。韓国籍のまま韓国に滞在すれば、韓国では国民扱いとなる。言葉は通じないし、文化は違うし、大変だけど、投票に参加できる。当たり前の国民の権利というものが与えられる。日本に帰って家族に会えるけど、日本ではもう住めない、ということだ。日本にまた住みたいなら、外国人として居住権を獲得せねばならない。だから、この決断は簡単なことではないが、こんな選択をする人もいる。または、君が他の外国に居住して、そこで生きていくと決めた、永住者となった。死ぬまでそこに住みたいなら、そこの国民になってもよいのだ。もちろんそのためには条件があってそれを充たせばの話だ。これも簡単なことではない。でも、君がどこで何をしたいか。すべてはそこに主軸がある。日本国籍でも、韓国籍でも、他の国籍でもなんでもいい。ただ、在日の君たちに言いたいのは、特別永住権というものは、日本でだけ生きていくなら問題ないが、グローバル社会では、いろいろややこしい手続きがあるということ。もし日本国籍なら、そのややこしさから解放され、普通の手続きのみで済むということ。国籍というものは、現実だ。君の主軸がどこにあるかを考え、選択しよう。追記:歴史問題、国と国の考え方の相違についての議論は全く進まない中、 時代はどんどん進んでいる。社会は変化し、人々の価値観もどんどん 変わっていく。歴史問題などの国と国の議論はいつまでも平行線の可能性が あるから、そんな時代遅れの動きにとらわれないで、自分がいいと思う選択を 1つ1つしていこう。歴史は繰り返されるとは言うが、その繰り返しは、 全く同じではないのだ。自分にとって、これがいい、これが正しいと思う、 という生き方をぜひしてください。