大学の同級生とこんな話しをした。
「例えば100という数字を目指していたとして」
1+1+1+・・・・・・を繰り返している人にとって
引き算や割り算はとんでもなくデカいダメージ。絶望。
だけど「掛ける」を知っている人間にとっては
たとえ90まで来た所で÷10-7なんてされて2になってしまったところで
そんなの「アソビ」でしかなくって
×5×10ですぐに百に到達できてしまう。
大事なのは「何を目指して」いるのか、という目的。そして「まだ諦めていない」という事実。
そして「掛け算」という戦略。
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足したり掛けたりをひたすら繰り返していたら、安心感はあるけれどもつまらない。
割ったり引いたりは人生のなかで望まずして起こることが多いけれども、
そんなの過剰に恐れる必要なんてない。
私はなにかの手違いで自ら割り算を繰り返しだすときも多々あるけれども、
別に自暴自棄になったわけでも諦めたわけでもない。
せっかく90まで積み上っていたものが引いたり割ったりで2になってしまった時に
目の前に見えている事実だけで判断・評価して、離れていく人もいるけれども
そんな人たちは100という数字に達した時にまた簡単に戻ってくる人たちでもある。
私が100000を目指していて
まだ諦めていない、ということを知っている人がほんの少しでもいてくれたら嬉しい。
でも、
たとえそんな人が居なくても
”私自身が”
その事実を知っていれば十分だ。
私はいま2という素数で
もうこれ以上割り算できないくらいに
小さくて
何も持っていない。
けれども、
そんな自分を受け入れよう。
静かに淡々と
掛け算を重ねてみせよう。
だってどうしてもたどり着きたい”数”があるのだから。
できることなら目標の100000に3を足してやるくらいの無理はしたい。
100003という素数になったとき自分以外の何者も私を刻むことなんてできなくなるから。