私も昨日から興味津々でTwitterを見ていました。
大勢の方々が「今井絵里子さんや松川るいさん他、
38名のパリ研修を嫌がったのか?
最初はただ知りたかったのです。
しかし、彼女たちがアップしている写真を見ると
「ああ、なるほど。このキャピキャピ感が受け入れられない
わけだな」とはわかりましたが、
それだけでは人間ですから記念撮影もするでしょうし、
楽しんでいただいたほうが私は喜ばしいと思うほうです。
ただ、「あれっ?」と思ったのは今井さんの空港内での写真と
集合写真。
たまたま、私が取材コーディネイターだから気づいたわけなのですが、
みなさんもご注意ください。
「空港内は基本的には撮影禁止」なのです。
あと、集合写真についても日本大使館などが撮影許可を取っていれば
問題はないのですが、イタリアも然り、
モニュメントを背景にあんなに派手に大人数で、
しかも、もしも「出版物や公のサイトに掲載する目的での撮影」には
許可が要ります。
それと、在フランスの日本女性からも声が上がっていたのですが、
「少数化」「女性が働きやすくなるために」マクロン大統領は
「三歳からの義務教育を始めた」のではありません。
松川るいさんの聞き違いかフランスサイドのお得意の移民問題隠しの
説明だったのかはあきらかではありませんでしたが、
日本の新聞にも2019年にマクロン大統領が "親もまともなフランス語が
話せない。親御さんの郷土の料理しか食べない。クロワッサンが何か
わからないようでは子供達がかわいそう"ですよね。
そこで、「三歳から義務教育でフランス語をきちんと教え、
テロなどの疎外感からくるであろう犯罪を止める」とはっきり
言って決めたことなのです。朝日新聞に大きく書かれています。
今も見つけられます。
松川るいさんがたは「学校が終わる時間も四時半と遅いし、
学校が預かってくれる」などと言ってらっしゃいました。
これはとんでもない話で、フランスには「ベビーシッター代や
お手伝いさん代の負担が軽くなるように国が半額かそれ以上を
負担している」のです。
しかし、それも少子化云々よりは「移民さんたちのお仕事がなくならないように」
が第一目的らしいです。
うちのお手伝いさんが所属する派遣会社に聞きましたので、
これは私も知っておりました。
これらの誤解は非常に重大な問題になりますよね。
私はそのあたりを写真云々よりも「訂正」して伝えてくだされば
良いのに、と思いました。
謝罪してすぐ立ち去るより、国民とのコミュニケーションを
取っていただきたいというのが私の正直な気持ちです。
あとは、バカンス。
このバカンスシーズンにはほとんどのフランス人が休暇を
取っています。
あまり実のある研修はできないはずなんです。
まず、責任者や重要人物はいないでしょうし、
私たち在仏がぜひ拝見いただきたかった学校は言うまでもなく
お休みで閉じています。
Twitterの中で幾人がの在欧の方々がおっしゃってましたが、
フランスサイドからの提案とは思えないですし、
これは自戒も含めてなのですが、私たち日本人は勤勉で責任感が
強いですよね。仕事をするのが好きで、生きがいも感じている
社会性の高い国民性です。
しかし、フランスはほとんどの人々が「バカンスが
必要不可」と考えているわけです。
それを無理押ししてアポを取ったのかなぁ?
そんな心配も心に浮かびました。
宗教観、価値観、人生観を尊重するのを悪気なく
忘れてしまう癖が日本人にはあります。
そんなツイートを見て、私も初めて「ああ、自分もやってたな」
と反省したわけです。
とにかく、街は空っぽ。
パリではないパリなんです。
たった三日の研修で「私費」だとは言ってらっしゃいますが、
38人も押しかける必要はなかったと思います。
こと、フランス人は大人数で押しかけられるのを嫌う人たち
ですので。
他の国の習慣や宗教観、文化背景なども尊重しましょう。
加えて、困ったのはツイートでちらりと見えた
「自民党なら何をやっても正しい」というような熱狂的、
感情的なツイートです。
ロジカルな頭はないのでしょうか?
違う意見の人を論破するまで嫌がらせをやめない人も
いたようです。
私たちのゴールは「日本の平和、景気の復興、人々の安全と幸せ」
と決まっているのでは?
そのゴールを設定した上で冷静にそこからブレずに
違う意見を持つ方々も受け入れられたら良いのですが。
感情的になったら、議論には負けます。
負ける、それは「後退」を表します。
前進しないとならないのに後退してしまうのは残念です。
執着、念、そのようなものからは何も生まれません。
以上、私が残念に思ったことでした。
同じゴールを目指している同じ土地に生まれた、
または住んでいる者同士が議論の着地点を見つけられない。
それは哀しいことです。
みんなで幸せになりましょう。
連帯感を💓
人を受け入れられる技量を持ちたいものです。