普通の高校生と同じように、私もガラスの仮面や矢沢あいに胸を焦がしていたけれど、女子校において共学スクールライフは別世界であり、現実味のないおとぎ話。主人公の彼氏として描かれがちな生徒会長も応援団長も、重い物運んでくれる人もリレーのアンカーも、女子校では女子がやる。

 

勿論思春期に高鳴る胸のトキめきは本能的に抑えられないもので、ちょっと優しく接してもらった同姓の先輩にタカラヅカ的なファンとなり(女子しかいないからしょうがない)、ハチマキもらったりバレンタインデーのチョコに念を込めたり。でも大抵は両想いになりたい訳じゃなくて、アイドルへの好きと似たる憧れの範疇。ゴールが付き合うという発想じゃないから対抗意識は芽生えず、同担歓迎にて一緒にキャーキャー言っている。そして不思議と卒業したらあっけなくその熱は冷め、さながら夏の夜の夢と化す…。

世間の高校生が異性の目を気にして、どれだけ身支度に気を遣っているかなんて露知らず、膝丈ジャンパースカートにひっつめ頭で、日々通学電車に揺られておりました。

 

やっと本題に入るんですが、そんな高校生活を送った私が、大学で面食らったのは、好き=付き合いたい(=特定の人を決める)という人間関係。高校時代は気が合う仲間と複数人でつるんでいたし、好きな先輩が誰かと被っても良かったのに(まぁ先輩のハチマキの奪い合いはあったけど…)、好き同士となると1on1でパートナー化する。パートナーは、お互いがお互いにすっごく踏み込む。当然恋人と友達関係が異なるのは理解できる。しかし全く後者しか経験してこなかった自分にとって、公表するにせよしないにせよ、誰かと誰かはパートナーなのであるという世界があり、カップルで校内を闊歩している人々を目の当たりにして、付き合うとはこういうもんなのかと18歳にして初めて面食らった。

 

そんな自分が、想定外の方面から好意を向けられた際には、更に面食らってしまった。恐らく女子校時代のテンションが抜けぬまま、あっけらかんと気を遣わず大雑把だった態度が、ナチュラルだとか接しやすいだとかという風に勘違いされたのだ。とはいえ、本件にどうやって対処するのが正解なのか、咄嗟に答えを持ち合わせておらず、思考回路が完全停止した。

 

話は戻るが、女子校ではあらゆる会話が同調と共感で構成されている。学校が世界の全てなので、教室移動やお弁当で1人ぼっちにならないよう細心の注意を払う。同級生と上手い距離感を維持するため、(自分の性格も多いにある気がするけど)時には自分の意見を押し殺してでも同調してきた。つまり、人間関係において、相手にNOを伝える練習をあまりしてこなかった。

なので恐ろしいことに、好意を寄せられた時、本能的にはNOの二文字が浮かんだにもかかわらず、それを表明するより前に、(私はこの好意に向き合って、好きになる努力をするべきなのだろうか…?)とよぎった。

 

その点、少女漫画は鮮やかに答えを提示してくれている。

言わずもがな、少女漫画の主人公はモテてモテてモテまくる。近しい男性からどんどん告白され、始め片思いしていた彼に玉砕しても、自分を最も大切にしてくれる相手が誰なのかを遂に知り、両想いというハッピーエンドを迎えるのが常である。

逆に、気持ちが動かない相手からの好意に対しては、しっかりとお断りを表明する。相手の気持ちに感謝しつつ、ハッキリNOを伝える。それこそが礼儀であり、可能性がないのに気を持たせるのは失礼なのだと論じてくれる。フラれた相手はとても落ち込むけれど、気づけば吹っ切れて、次の恋に踏み出したり、主人公を支える良き友人になったりするのである。

 

私が少女漫画を読み始めたのは結婚も出産も終わった33歳の時だったので、この暗黙のルールを今更知って大いに後悔し、納得した。みんなこれを履修してきていたのか、と悟った。そして当時自分に矢印を向けてくれていた人の好意に対し、自分の気持ちをしっかり整理して、もう少し丁寧に伝えれば良かったと後悔した。面食らった勢いで有耶無耶にしすぎて、今になって思えばかなり傷つけたと思うし、私も傷ついた。もしかしたら、少女漫画を履修済みだったとしても、現実世界では気持ちをはっきり伝えられず、何となく実にならずお別れしていたかもしれない。でももう少し、自分の気持ちに名前をつけたり、相手としっかり向き合わなければという気持ちになれていた可能性はある。

何にせよ、これから人生の春を伝える若者におめでとうを伝えたい。そして、人との出会いを大切に、相手にも自分の気持ちにもしっかり向き合ってみて欲しいと願う。

10年ぶりにこんにちは。

 

先週、次女の卒園式が終わり、ついに、家に未就学児がいなくなりました。

動物や虫たちがいっぱいで、木でできた手作りの遊具ばかりの園庭。季節を知らせる桜の木。

子どもたちが地下水をポンプでくみ上げるから、すぐ泥んこになるお砂場。文字通り、べちゃべちゃのドロドロで遊んで、お迎えに行くと、裸足のみんながピッカピカの泥団子を見せてくれる。

足の指が手のように器用で、高い矢倉の登り棒に一気に登っていく。

薄着教育だから、年中半そで半パンで、本能的に園庭のあったかい場所を知ってる。

ごはんの時間は決まっているけれど、子どもが夢中になっていたら無理に呼び戻さず、満足するまで 遊ばせてくれる。遠足の行き先は自分たちで意見を出し、みんなが納得するまで話し合う。

行事の時も、親に向けた演技や発表は無し。どこまでも、子ども主体の幼稚園。

自分の意思をまず肯定してもらい、じっくり向き合ってもらう3年間を過ごしました。

 

早期教育を全くしなかった反動が、いつか来るかもしれない(笑)

でも、未就学期の今でしか夢中になれないことに没頭できた3年間、とにかく本人の意思を大切にしてもらった経験は、きっと人生の局面で、本人たちを支えてくれるものと信じてます。

 

 

思い返せば、私自身は幼稚園でお受験塾に通い、高校までエスカレーターの一貫校に通わせてもらい、行きたいというより入れる学部に入り、キャンパスライフを過ごし、就職活動をしました。これ以上の環境はなかったし、親には心底感謝しています。

でも、自分の行動が大人たちによって決定され、少しでも外れれば軌道修正をしてもらう環境で、

意思を無くせば、優等生でいられたのは事実。

そんな自分にとって、この幼稚園の教育方針には、頭を殴られるほどの衝撃を受けました。

3歳の子にも、意思はある。そして、その子どもは信じるに値する存在である。

完成した大人が未熟な子どもを育てるように思いがちだけれど、大人も子どもも対等な関係であると。

 

 

私自身、約15年のサラリーマン生活で、社会人としての振る舞い方も、専門知識も得ました。

アラフォー目前、漸く仕事を任せてもらえるタイミング。自分らしさを出せるとき。

でも、新卒の頃から埋められない、仕事で求められるものと、やりたいことや得意なこととの乖離…。

自分が納得できる場所に、身を置けているのか?いつか向き合うべきだったこのモヤモヤ…。

勿体ないほどの対価を頂いていたし、転職リミットと言われる年齢も過ぎていたけれど。

何度考えても、自分らしく生きている将来が描けなかったので、

4月から、未経験の業界に転向することを決めました。気づくの遅いんだよね、本当に…(笑)

 

毎日毎日、これで遊びたい、ここでご飯食べたいと先生たちと話し合っている子どもたちの姿が、

人間として大切にするべきものを、教えてくれた気がします。

私のわがままを受け入れてくれた夫には最大の感謝を。

そして意外と、大事な人たちは、転職くらいでは自分を見捨てないでいてくれることも知れました。

4月からまた新しい環境でがんばります!

ミュージカル調の映画を見るといつも
一定期間は曲にハマることになるのは分かっていて
今回もしばらく余韻を噛みしめることになりそうな気がします。

エルザがとにかく長女で、アナがとにかく次女!

生まれた環境に疑問はもたず、女王の責務を果たそうとするけれど
魔法を操りきれない自分を責めてしまう長女
核心に触れられると周りを近付けず、山に牙城を築いてしまうという

大学受験前に進路が決まらなかったとき、わたしも
家族に氷の鉄壁を作ってたなぁ~と思いだしました

一方で生まれた環境が窮屈でいつでも外の世界を見に行きたくて
こうと決めたら一直線に行動する次女
恋愛が得意なのは次女の方かな

姉は国のため、妹のために自分の秘密を守り続けるがあまり
周りに心を委ねられず、苦しみがに深くなり、
より迷惑をかけてしまう自分にまた苦しんでしまうという

とっても長女らしい長女だと思いました
というか自分を見ているようでした笑。

面白かったのは英語直訳の歌詞と、
日本語版の歌詞のニュアンスが微妙に違っていたこと

これはあくまでも私の感想ですが、
英語はより自身の自立に焦点があたって、自分はこれで劇的に変化するんだと
過去を捨て去ることを宣言しているけれど、
日本語版では、これからは自分を信じていいんだ、と言い聞かせてるようで
自立とはいっても、自分勝手な独立ではなく、自分らしく生きるんだと
日本人と欧米人の独立の考え方の差が表れているような気がしました



コンサートの余韻って
どれくらい残るもの?

土曜日に行った
「矢野顕子、忌野清志郎をうたう~大阪フェスティバルホール ゲスト:奥田民生」が素晴らしくて!






百回なんとなく聞いてたって、
一回同じ空気を共有してみないと分からない。

(ネタバレあり)

「清志郎さんって曲、詩、歌、声、パフォーマンスがいっしょくたになってる」と仰ってたけど、
矢野さんだってそんな感じ。

「誇りをもって生きよう!」の呼びかけは、
心のやわい部分に
前触れもなく入ってきて鳥肌。

「デイ・ドリーム・ビリーバー」は何故か、
祖母が住んでいた部屋に
夕日が差し込んでいるイメージがぼんやり。

そのあとのMCで、これは清志郎が
亡くなったお母さんに捧げた歌だと知り、

なんだか祖母が教えてくれた気がして、
左眼から涙が出てきました。
右脳が反応したんだ。

スペシャルゲスト奥田民生さんとの演奏

矢野さんのピアノと声、音の反響に
奥田氏のまっすぐで力強い「スローバラード」

アコギ一本を持って
ふらっと出てきて
あんな強いメッセージを伝えるなんて、
あの男性は何者なの!

清志郎さんへのリスペクトに溢れた名演でした。

恩赦のアレンジも感動した、
胸が張り裂けそうだった、
いい日旅立ち好きだった、

心の、身体の、スピリッツも含めてすべて、
浄化してくれてありがとう。

こんなにもリスペクトされ、愛され、憧れられている
忌野さん、ありがとう。

当分、浸っていられそうな
素敵なコンサートでした。

言われるがままに働いてたから
何をしたいかなんて
考えたこと無かった

事務は決して得意じゃなかったし
自分より頭が良くて
仕事が早くて正確で
優秀な人にたくさん会った

サラリーマンの暗黙の了解である
自分の力ではどうにも出来ない
目に見えない壁をよじ登って
ただ必死にここまできました

志望動機や人事面談は
なんとなくの勘で選択して
模範回答のような受け答えしてました

まさかの遠隔地転勤をしたのは
一つの転機だったかもしれません

当たり前だった日常が
違う風景になって


一人で生きていく力を備え
一人で生きていく寂しさを知り
自問自答をする時間が増えた

今の生活に不足は無いのにね

けど高みを目指したくなるのは本能かもね

認めてくれる上司と巡り会い
やっと成果を出せるようになり
仕事が楽しくなってきた

視察研修へ行って
海外のパワーを感じて
仕事のアイデアが膨らんだ

帰国したら丁度良く
TOEICの点が上がりました

自分に期待しない方が無理なタイミング

日本の現実を外人に教えて貰って
自分の力を日本にどう還元すべきか
やっと分かった気がする

一時のブームかもしれないな
芸能人にハマるみたいに

私飽きっぽいからな
そうであって欲しいと願う自分と
夢にときめく自分

仕事で意思を持てたのは初めてなのに

立ちはだかるのが現実の壁
こんな生き方してたら

仕事人間になってしまう気がして


それでも今まで

なんの為に頑張ってきたのか


…目標が出来ると迷うという矛盾!


旦那さんと海外に渡って

子ども二人育てているいとこに

影響されてるのかもしれないな


他愛のない話をしてたのに

後輩からなんとなしに

「仕事してた経験があるお母さんって

ないお母さんと全然違うと思いますよ」と言われて

救われたのでした


そうだね

まずは過去の自分を肯定してあげよう

そして未来の自分も


計算通りに行く人生なんて無いんだから

今は目の前の事に集中して

自分の可能性を広げよう




iPhoneからの投稿

変な時間帯に掛かってくる電話には、いつも怯えて出ていたけれど、


9日の朝、ついに、大好きな大好きなおばあちゃまが亡くなりました。




火葬場が混んでいるので、12日に納棺、14日通夜、15日葬儀と、


ゆっくりゆっくりと長旅の身支度が進んでいきます。




食べるのも、歩くのもゆっくりだった、祖母らしい日取りです。




小さい頃、お家に行けば「可愛い可愛いの100倍、10000倍」と抱きしめてくれました。


根拠はないのに大好きだって言われる事は、おばあちゃまが教えてくれたね。


それが愛情だと気付いたのは、大人になってからだったけれど、


温かくて守られて、安心できる気持ちになるイメージは、


いつも祖母の腕の中で感じたモノでした。


みんなの自慢の、祖母であり、母だった。誰もキライな人なんて居なかったじゃない。




11月に急に痩せたとき、細い声を振り絞って、


「かおりちゃん、遠くから来てくれたの。会えてよかった・・・ありがとうの100倍。」


と呟いたから、


ありがとうの100倍だなんて悲しい予感がして、思わず涙が出たけど、


泣くのは変だなとやっと堪えました。


あのとき、何かもう分かっていたのかな。




棺の中の彼女は、まるで今から、大好きな歌舞伎に行くようなきれいな恰好をして、お化粧をして、


黒い帽子をかぶって、いつもの鞄を持って、シャンとしています。




おじいちゃまも、勘三郎もそっちに居るから、寂しくないかな。




特段の病名もなく、老衰という診断で終えたから、


本人の希望だった最後までハッキリしていたい、というのも(ちょっとボヤボヤしてたけど)叶えられたし、


母も叔母も最後まできちっと介護し切ることができたし、


自宅で見送ることができたし、


いつか迎えるべき日だったのかもしれない。




だけど寂しい。自慢の祖母だったから。




もっと大切な人に会わせたかったし、お話したかった。


もう一度、大好きの100倍をやって欲しかったけど、


そんな事言い出したら切りが無いね。




これから横浜の1階が、片づけられてガラーンとしてしまうのが、こわいです。


私は遠くに住んでいるのをいい事に、今でも「居る」と考えることにするね。




父が急に老け込まないか心配です。


父はこれで、親の心配をするのが終わったんだから、


次は、私の番になったんだなと、実感しました。

大変お久しぶりでございます!!!お待たせしました失礼しましたー。

密かに更新しまーす、2013年、明けましておめでとうございまーす。

このblogは実家でしか更新できないのかいっ!喝~っ!という訳で横浜なう。


2012の一年を、振り返ってまとめます。


この忘れ難き一年も、文字と文章に落としておかなければ、
頭の引き出しでごちゃごちゃになって紙くずになって砂になって灰になって朽ちていってしまうので、
Facebookや、A型らしくフォルダ分けしてある写真達や、ちょっとだけ更新したこのblogを見ながら

思いだし思いだし書いていきたいと思います。



それでは発表します。2012の阿部ニュース、ベスト9★(←中途半端!笑)



No1.京都転勤

誕生日の次の日に発令、というとんだ誕生日プレゼント!

初めて親元を離れ、なかなか乙な寮に入り・・(^^;)、朝ごはんは寮のおばちゃん、

昼ごはんは食堂、夕ごはんは・・・という生活が定着。

今までは、家に帰れば夕飯があり、外で食べる時も誰かが夕飯を決めてくれていたので、

初めて「今日何食べたいかな~」と考えた自分が新鮮でした。これが一人暮らしかと思った。

アベブロ。   アベブロ。

地方(って言ったら怒られる)に有りがちな大きなイオンと、寮から30秒のセブンイレブンを
往復していれば、日常生活に支障はなくて、洋服は梅田駅前のルクアで、
飲み会は北新地、電化製品は梅田か京都のヨドバシカメラ、と
生活範囲が確定するまでに2ヶ月くらいかかりました。


一人暮らしをするととても片づけ好きでとてもシンプルな生活を好むんだ、というのは我ながら意外。

実家では散らかし放題なのにね。



アベブロ。   アベブロ。


一人で生活すると、自ずと自分との対話の時間が増える。私はどんな食べ物が好きで、

どういう風に休日を過ごして、何を好んで、何を面倒臭がって、どんな人が好きで、

どんな風に見られたくて・・。誰にも左右されない生活をすると、生活がとても自分色に彩られて

自分の事がよく分かるもんです。昔から、他人の良いところを見つけるという得意技が

あったんだけど、それが何故か、自分の事をよく分かったからこそ、ますます得意になった気がする。



No.2 送別ラッシュ
自分の転勤の前に辛かったのは、横浜支店入行同期がどんどん転勤してしまった事・・
2月にK山がLA6月にK美がロンドンへ発って、でも自分は横浜に残留で、もう居場所が無い気が
して最後の3ヶ月がどうしようも無い状態でした。その頃、私の苛立ちを受け止めてくれてた後輩たち
には本当に本当に感謝してます。ありがとう。迷惑かけたよね。

結局、NY2人、LA1人、ロンドンに1人、京都に1人だもんね・・同期会は、もう無理かなぁ。笑


アベブロ。  アベブロ。



No.3 結婚式ラッシュ

2012に出席した結婚式は4回・・?(意外と少ない)だったけど、とても近しい人たちの結婚が

始まってきたな~という印象です。4回のうち3回は、新郎も新婦も大切な知人だったので、

そういう結婚があると周りが一気に結婚した気になります。来年も外せない結婚式が既に2回入ってる・・


アベブロ。   アベブロ。



No.4 旅ラン
2012
年は1月のお台場駅伝、5月の気仙沼、11月の富士山マラソンと3大会に参加。
いつも連れて行ってくれたKESS Running Homeの先輩たち、有難うございました!!


中でも気仙沼に行ったのは大きな経験でした。この大会を開催するまでにインフラを整える、
というのが島の目標になっていて、「開催することが復興になる」と銘打った大会。
島を訪れる事が少しでも協力になれば、と思って行ったのに、走っている最中に
島民の皆さんの応援が暖か過ぎて、こっちが励まされていました。
世界に認められる日本の良さ、一丸となって頑張る姿勢、助け合う心を感じました。
自分に出来る事なんて限られているけれど、いつまでも忘れずに支援し続けたい。


アベブロ。   アベブロ。

アベブロ。

小学校が丸ごと流されて未来ある子どもたちが何十人も犠牲になった現場がそこにあるのに、
将来の為に頑張れる、その原動力は何なんだろう。辛い経験まで流す事は出来ないけれど、

そんな傷を抱えながらも、助け合って励まし合って前を向く力が、普通の人間にも宿っている。



No.5 旅行三昧
独身の特権でしょうか!軽井沢、西湖、下田、蓼科、LA・・!ぜんぶ違う仲間と行ったね、ありがとう。

スノボ出来なかったのは惜しかった!この冬に行っておかなければ2年間行けなくなっちゃうわ~

感じたのは遊び方が大人になってきたこと!ダッチオーブンも使いこなすしギターも弾いちゃう。

そんな仲間を学生時代中心に築けたこと、私の人生最大の財産です。


アベブロ。   アベブロ。



アベブロ。   ←ホットワイン作りワイン


その2につづく・・・

No.6 名所巡り

転勤に伴って、定期券で行けるうちに~、と思って京阪地域の名所を巡りました。

関西圏外から訪ねて来てくれた人は11人・・みんな有難うございます!



アベブロ。

京都着任2日目の仕事は祇園祭巡行、とかなり京都らしさを感じるデビューを飾り、

大原、嵐山、鞍馬、貴船、二条城、六波羅、高台寺、清水寺、祇園・・と、名所を一生懸命廻りました。

おばんざいって何か分かったし、烏丸をからすまると読む事も無いし、北山って言われたら

どれくらいの距離感か分かるし、堀川通は何度も何度も車を走らせたよー。



アベブロ。   アベブロ。 アベブロ。


番外編では奈良公園で鹿に会い、神戸、六甲山、有馬温泉にも行きました!

大阪人は関西全域を大阪だと思っており、京都人は京都が日本一だと思っているのは本当でした。

東京に居た時より、一生懸命、みんなに会おうとする事が出来たのは嬉しい変化。



No.7 親戚たち

まず大好きな従姉妹のお姉さんがカメラマンの旦那さんと、Parisへ行ってしまいましたー泣

とても悲しかったけど、来年の目標が出来た・・それはParisへ遊びに行くこと・・・!!

ぜったい実現させてやるー。あ、再度宣伝しますね彼女のBlogを⇒ http://pariphone.exblog.jp/


祖母(88歳)はご飯を全然食べません。体重も30キロはありません。

私たちをいつも全身全霊で愛してくれるおばあちゃま、もう少し食べていつまでも元気でね。



No.8 鑑賞

ホンモノを観る楽しさを覚えたのは、いつからだっただろう。2012もその活動を継続。

山口華楊展、奈良美智展、小林賢太郎の一人舞台「ロールシャッハ」にも大切な事を教わりました。

そしてそして、ゴマちゃんに巻き込まれて参戦した、ミスチルライブ2回!!本当にありがとう。



アベブロ。   アベブロ。


No.9 スポーツ観戦

京都支社の上司(43歳)が現役のアメフト選手ですので(苦笑)、応援に行き(行かされ?)ました!

55番が上司であります。こ、こわ~・・笑


アベブロ。


バスケでは横浜拠点が優勝、野球やサッカーも観に行ったな~、なかなか楽しかった!



No.10 その他雑記

Facebookの勢力が強まって、Blogに書く前にリアルタイムに報告していたから

なかなかこちらの更新が滞ってしまったのも、今年の特徴。


その他、ランク外にはなったけれど、味噌を作ったり、オトナDisneyを楽しんでみたり、

毎年恒例のお花見やBBQをやったりと、なかなか乙な一年を過ごすことが出来ました!



アベブロ。   アベブロ。


関西へ転勤になった時、感謝の心と謙虚な姿勢で頑張ろうと誓ったけれど

内心は不安でいっぱいで、誰かかまってくれるのか・・私のことを・・となっていたけれど、

行ってみたら行ってみたで、新しい出会いもありーの、昔の仲間が会ってくれーの、

周りの皆さまのお陰で、また阿部らしさを取り戻す事ができました。


さて、2013もまた、2012以上の成長をする年にしたいと考えております!!!

現状に甘んじず、実力をつけるとともに、より質の高いアウトプットを目指して参ります!!!

・・頑張れますように。



では、今年も一年、何卒、宜しくお願い致します!





一昨日は初めて、取引先のご自宅にお招き頂きました。

京都市中からほど近い山間部。
閑静な高級住宅街の突き当たり。
某世界遺産のお寺を借景に、さりげなく置いてある石一つ、木の配置まで計算尽くされた豪邸でした。

お家自体は築10年ほどのデザインハウス。
銀のオープンキッチンにガラス張りのテラス、壁の石張りも、珍しい照明も

こだわりが見られて、それでいて無駄のないセンスに溢れた室内。

何より奥様の美味しい美味しい料理に心から有り難みを感じました。


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衣・食・住って、住人の心持ちをそのまま表すと思います。
何を着て、何を食べて、何に住むか。

一つひとつのモノ・コトを、心が納得するまで追求することで

目に見える風景が違ってくる。


自分を高める努力をしているところには、

何故か自分を高めてくれる人が集まってくるのは、

その人が、人に対しても丁寧に接する事が出来るからなんじゃないかな。


おもてなしのお作法云々を弁えた上で、最後は人柄と生き方が出てくるもの。


自分の両手で持てる財には限りがあるけれど、

必ずしも高価なモノが良いモノではなく、

職人の心意気と、選ぶ人の感性がいかにマッチするかが

大切なんだなと感じました。


それもまた、とても贅沢な話なんだけどね。


今日は珍しく、あまり頭が整理されていません。笑



阿弥陀三尊坐像はオススメの仏像です

珍しいことに、左の勢至菩薩、右の観音菩薩は少し膝を開いて前かがみ

これは現世の人間を今にも迎えに行こうとしている姿だとか

死後の世界で、心が安らぐ教えをくれるのが、真ん中の阿弥陀如来

阿弥陀如来の教えを理解したとき、人は仏になる、つまり成仏するのだと

阿弥陀如来の教えを受けずとも、仏の域に達した人物、

2500年前(?)のシッダールタ、お釈迦様です。

・・・こんな説明を受けると、意外と知らなかった事も多くて勉強になりました。




いよいよ京都は良い季節の始まりを迎えて

観光地としてのお寺も、解説などのサービスもやっています

これからぼちぼち、廻ってみようかな。