無観客ライブを配信しまーす
すっかりこちらを放置しておりましたが、生きてます。
文化庁の「文化芸術活動の支援事業」に採択されまして
先日無観客ライブを行いました。
その収録を12/11(金)より2週間、ツイキャスにて配信いたします。
コロナ渦で私たちミュージシャンも厳しい状況が続いておりますが
今後の活動の励みになりますので、ぜひ配信をご覧くださいませ。
どうぞよろしくお願いいたします。
あとYouTubeチャンネルもあります。良かったらこちらもどうぞ。
「大人の迷子たち」
東急沿線の各駅で配布されているSALUSというフリーマガジンに
岩崎俊一さんというコピーライターによる
「大人の迷子たち」という連載エッセイがあります
今月は「仲良しのけんか。」
岩崎さんのお祖母さんとお母さんの話
荷物を片付けていたら、お祖母さんとお母さんの昔の写真が出てきた
農家の主婦だったお祖母さんが、農作物の洗い場で
お母さんと何か話している所を写した写真
とても仲が良かった母娘の、よくあるようなひっそりとした日常の風景だろう
-----------------------------------------------
---前略---
話の中身は、多分とりたてて言うほどのものではなかっただろう。
でもふたりにとって大切なのは話の内容ではなく、そのように身を寄り添わせ、
共に相手の体温を感じながら、小さな宇宙にたたずむことだったのではないか。
---中略---
心臓が悪かった母は、54歳で他界した。
車椅子で葬儀にやってきた祖母は、会場に入る前から白いハンカチで涙を拭っていたが、
祭壇の正面に出ると、押さえ込んでいた想いをどっと吐き出すようにさめざめと泣いた。
それはとても厳かな光景だった。
それぞれの人生の中で、さまざまなつらい体験や悲しい想いをしながら、
それでも時折膝をつき合わせ話し込むことで慰め合ってきた二つの魂が、
まさに引き裂かれる瞬間を見た思いがした。
「代わってやりたい」
祖母の口から出たその台詞は、その後何人もの人から聞くことになるが、
あの時ほど僕の耳に痛切に響いたことはない。
その5年後に、祖母もひっそりと亡くなった。
あちらの世界でふたりは再会しただろうか。そしてたまには「けんか」などしているだろうか。
SALUS連載エッセイ「大人の迷子たち」第40回 文:岩崎俊一
-----------------------------------------------
私の母も、59歳のとき、大動脈解離で急死した
祖母は老人病院に入っていたものの、頭もしっかりしていて健在だった
面倒を見ていた母の兄に、葬儀に祖母も連れて来て欲しいと父は頼んだが
高齢を理由に断られてしまった
葬儀の後に伝えられた訃報を受けて
祖母は「なんで?なんで?」とくり返し、泣いていたと聞いた
そしてその1年半後に祖母も亡くなった
緑内障だったか白内障で片目の視力を失い、耳もほとんど聴こえなくなってしまった祖母は
「早くお迎えが来ないかしらねぇ」と度々言っていた
99歳になっても特段の病気も無く
危篤になってもしばらくの間小康状態を保っていた
私は祖母のことは大好きだったけれど
光を失い、音も失って生きてる祖母には
もうこれ以上かける言葉が見つからなかった
早く母が迎えに来てくれればいいのに、と思った
明日は母の七回忌です
祖母と母がけんかしているところは見た事がないけれど
このエッセイを読んで、あちらの世界で私の祖母と母も
にこにこと話し込んでいる様子が目に浮かびました
母が亡くなった1年後、父と病院に行ったときの写真
セルフタイマーが理解出来ず、私の顏を見てしまう祖母に
おばあちゃん、カメラあっち!と言ってる瞬間です
岩崎俊一さんというコピーライターによる
「大人の迷子たち」という連載エッセイがあります
今月は「仲良しのけんか。」
岩崎さんのお祖母さんとお母さんの話
荷物を片付けていたら、お祖母さんとお母さんの昔の写真が出てきた
農家の主婦だったお祖母さんが、農作物の洗い場で
お母さんと何か話している所を写した写真
とても仲が良かった母娘の、よくあるようなひっそりとした日常の風景だろう
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---前略---
話の中身は、多分とりたてて言うほどのものではなかっただろう。
でもふたりにとって大切なのは話の内容ではなく、そのように身を寄り添わせ、
共に相手の体温を感じながら、小さな宇宙にたたずむことだったのではないか。
---中略---
心臓が悪かった母は、54歳で他界した。
車椅子で葬儀にやってきた祖母は、会場に入る前から白いハンカチで涙を拭っていたが、
祭壇の正面に出ると、押さえ込んでいた想いをどっと吐き出すようにさめざめと泣いた。
それはとても厳かな光景だった。
それぞれの人生の中で、さまざまなつらい体験や悲しい想いをしながら、
それでも時折膝をつき合わせ話し込むことで慰め合ってきた二つの魂が、
まさに引き裂かれる瞬間を見た思いがした。
「代わってやりたい」
祖母の口から出たその台詞は、その後何人もの人から聞くことになるが、
あの時ほど僕の耳に痛切に響いたことはない。
その5年後に、祖母もひっそりと亡くなった。
あちらの世界でふたりは再会しただろうか。そしてたまには「けんか」などしているだろうか。
SALUS連載エッセイ「大人の迷子たち」第40回 文:岩崎俊一
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私の母も、59歳のとき、大動脈解離で急死した
祖母は老人病院に入っていたものの、頭もしっかりしていて健在だった
面倒を見ていた母の兄に、葬儀に祖母も連れて来て欲しいと父は頼んだが
高齢を理由に断られてしまった
葬儀の後に伝えられた訃報を受けて
祖母は「なんで?なんで?」とくり返し、泣いていたと聞いた
そしてその1年半後に祖母も亡くなった
緑内障だったか白内障で片目の視力を失い、耳もほとんど聴こえなくなってしまった祖母は
「早くお迎えが来ないかしらねぇ」と度々言っていた
99歳になっても特段の病気も無く
危篤になってもしばらくの間小康状態を保っていた
私は祖母のことは大好きだったけれど
光を失い、音も失って生きてる祖母には
もうこれ以上かける言葉が見つからなかった
早く母が迎えに来てくれればいいのに、と思った
明日は母の七回忌です
祖母と母がけんかしているところは見た事がないけれど
このエッセイを読んで、あちらの世界で私の祖母と母も
にこにこと話し込んでいる様子が目に浮かびました
母が亡くなった1年後、父と病院に行ったときの写真
セルフタイマーが理解出来ず、私の顏を見てしまう祖母に
おばあちゃん、カメラあっち!と言ってる瞬間です
ブンナよ、木からおりてこい 2013
昨年、制作・上演された青年座「ブンナよ、木からおりてこい」が
今日から神奈川、東京にて再演されます
青年座HP
会員制の公演が主ですが
8/30 小平市民文化会館大ホール 主催:小平こども劇場 042-347-7211
9/6 新宿区立新宿文化センター 主催:新宿こども劇場 03-5261-8696
9/8 板橋区立文化会館 主催:みなみ板橋おやこ劇場 03-3937-1518
以上3公演は一般発売があります
チケットのお求めは各主催者にお問い合わせください
レコーディングに参加している経緯もあり
去年3回、昨日のゲネプロも合わせると計4回観ています
あとこれは本当に偶然ですが、小学生のときにも観ていて
それも含めると5回も、、、観ています
水上勉原作のこの舞台は1978年の初演以来、
海外公演も含めるともう1000回以上上演されている作品です
上演権を持っているのが青年座だけということで
代々青年座のスタッフや俳優により、大切に作られ受け継がれているそうです
紅天女が劇団つきかげでしか演れないみたいなものでしょうか(謎
純粋な娯楽作品もいいでしょうが
こういった骨のある舞台は永く心の中に残り、いろいろと考えさせられます
普段お芝居に馴染みがない方も、これを機会にご覧になってみてはいかがでしょうか?
今日から神奈川、東京にて再演されます
青年座HP
会員制の公演が主ですが
8/30 小平市民文化会館大ホール 主催:小平こども劇場 042-347-7211
9/6 新宿区立新宿文化センター 主催:新宿こども劇場 03-5261-8696
9/8 板橋区立文化会館 主催:みなみ板橋おやこ劇場 03-3937-1518
以上3公演は一般発売があります
チケットのお求めは各主催者にお問い合わせください
レコーディングに参加している経緯もあり
去年3回、昨日のゲネプロも合わせると計4回観ています
あとこれは本当に偶然ですが、小学生のときにも観ていて
それも含めると5回も、、、観ています

水上勉原作のこの舞台は1978年の初演以来、
海外公演も含めるともう1000回以上上演されている作品です
上演権を持っているのが青年座だけということで
代々青年座のスタッフや俳優により、大切に作られ受け継がれているそうです
紅天女が劇団つきかげでしか演れないみたいなものでしょうか(謎
純粋な娯楽作品もいいでしょうが
こういった骨のある舞台は永く心の中に残り、いろいろと考えさせられます
普段お芝居に馴染みがない方も、これを機会にご覧になってみてはいかがでしょうか?

