【忘れな人】
忘れな草の花が咲く季節になると
30年以上も前のことが蘇ってきます。
当時は30代の独身。
週末は駅の近くの小さな家庭料理の店で
週末の夜を過ごすのを楽しみにしていました。
そのお店で
おけいちゃんを
みかけるようになりました。
おけいちゃんは
すぐお店の隣のマンションに一人住居でした。
当時80代になるかどうかというところ。
外国に住む娘さんの依頼で
夕食時はその小さなレストランで
お過ごしということでした。
店のオーナーに紹介されて
おケイちゃんと親しくなり
マンションに
お邪魔することもありました。
そういう日々が1、2年つずきました。
私が御殿場での仕事をやめて去る時
おけいちゃんにもらったのが
忘れな草の刺繍の入ったハンカチでした。
「最後の一枚になったけど、、、」と
いいわたされて
その後は娘さんが
ご自分の住まいのカナダに引き取り
彼の地でお亡くなりになったとか。
そのおけいちゃんが
医師で106歳で亡くなられた日野原重明さんの
幼馴染みだったと知ったのは
それから何年も経ってからでした。
朝日新聞の日野原さんの随筆に
「おけいちゃん」と出てきて以来
そう呼ばせてもらっているけれど
実は大学を卒業後
国費留学生として選ばれて
アメリカに渡ったような方でした。
出会い方によっては
すれ違うこともなかったかもしれないと
思いました。
いつのまにか私も
手をのばしたら
当時のおけいちゃんの年齢が
手の届くところにきましたが
忘れな草に咲く季節になると
おけいちゃんのことを思い出して
あんな風にしなやかに
生きていきたいという思いが
募ってきます。
おケイちゃんこそ
「風」のように生きた方だった気がします。
