26日未明
パパは家族に見守られながら静かに、、本当に静かに息を引き取りました。
自宅療養50日目の事でした。
「息を引き取る」という表現そのものに呼吸の間隔が空き、呼びかけに思い出したように最後に1、2回息を吸い、この世界から旅立ちました。
22日までは一言二言の話はでき、アイスクリームなどを口にして、滞在している孫たちの声にうなづいたり、返事に手を挙げたりできていましが、翌日からは眠り続けました。
25日23時過ぎ、夜間のケアを次女から私に交代して15分くらい経って、様子を見に来た長女にも一人で大丈夫だから仮眠を取るようにと言った後、しばらくパパが書き続けていた病気になってからの簡単な日記を、時々パパの呼吸数を数えながら眺めていました。病気がわかってから私がパパにプレゼントした10年日記です。
30分位経ったでしょうか、だんだん呼吸の間隔が空き始めたので、すぐに娘たちをそばに呼び、声をかけ続けました。何度か呼びかけに答えるかのように思い出したように呼吸をして、3人に見守られながら表情も変わらないまま最後の呼吸を終えました。
葬儀には、長年携わった仕事関係の皆様が多数参列下さり、「いつも優しかった」「誠実だった」などと、仕事での姿を涙ながらに私に語ってくださいました。パパの人生は1点の曇りない最高な人生だったと、改めて思わせてもらえました。
葬儀から自宅に帰ってからは、いつも横で眠っていたパパが居ない違和感は強く、なかなか眠れません。パパの呼吸音が聞こえて慌てて目が覚めたり、気配を感じて目が覚めたり、、その度に「そうか、もう居ないんだった」と。
そのうち慣れるのでしょう。
悲しんだり、寂しくなったり、立ち直ったりするのでしょう。
ただ、癌という病気から解放されたことは間違いありません。
今、たくさんの花に囲まれて笑っているパパは、病気になる直前のパパです。
この姿のパパが、みんなの心の中で生き続けてくれると嬉しい。
ブログで励ましてくださった皆さん、本当にありがとうございました。
最期の時まで書き続けて下さり、たくさんのことを教えていただきました。
おかげで、在宅での看取りに踏み切ることができ、パパも家族の声を聞きながら、50日間過ごすことができました。
そして、痛みや苦しみに一つ一つ丁寧に対処して下さった先生、看護師さんには感謝の気持ちでいっぱいです。
息を引き取った夜、丁寧に最期の処置を施し、先生自らパパの更衣を手伝って下さっていました。
皆さんの好意に助けられて、パパは人生を生き切ることができました。
癌の闘病ブログを書く続けている皆さん、これから始める皆さんの今後が良い方向へ向かうことを祈っています。
長い間ありがとうございました。
