原爆救護
今日は8月6日でした。
予約録画していた BS1「原爆救護」
というドキュメンタリーを観ました。
原爆当時、広島にはいなかった
少年兵が救護の為、
焼け野原になった広島に入り
残留放射能を知らぬ間に浴びて
被爆者になってしまった
その苦悩と歳月が語られていました。
ある年の今日。
私はハワイにいました。
行く前はこの日を覚えており、
お墓参りにも行きたいと思っていました。
不覚にもうっかり忘れており、
現地のフリーペーパーで
先に訪れた日本の外務大臣が
献花した記事を目にし、
慌てて次の日、お墓参りに行きました。
私が尊敬してやまない
ダニエルイノウエ氏のお墓参りです。
偶然ですが、その日は日本で
6日に当たる日でした。
何かの偶然でしょうか。
パンチボールの墓地の国旗が半旗でした。
いつもなのか、広島のためなのかは
わかりません。
生前、講演会などで
お会いできればいいなあと思ってましたが、
願い叶わず
初の対面が残念ながら墓前でした。
迷わず、日米の平和をお願いし、
ここに来られたこと、
それが偶然にも広島の日だったことに
感謝しました。
とても広い墓地ですが、
インフォメーションセンターで場所を聞くと
直ぐ様答えが帰ってきました。
なるほど、空港名にもなるはずの人物です。
ハワイ時間と言われるほど
のんびりした気質の人たちですが、
空港の表示変更は早かったように
記憶しています。
お墓参りの後は、とても清々しい
気持ちになりました。

