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遺品整理と戦争史料





今、「遺品整理」が注目されていますが

その中で戦争史料が数多く出ているそうです。




先ほど、NHK で放送していました。



家事をしながらだったので

ちら見だったのですが

史料が失われると言っていた

ような気がします。




兵士個人が残したものを

第一次史料というそうですが

これらをこの業者の方たちが

どこかに寄付とかできないのでしょうか?




詳しくはないですが、契約の時に

全て処分する。とかなっているのでしょうか。




価値あるものの横流しは

よくないと思いますが、

こういった史料は是非保存し

次の世代のために保存、展示してほしいです。




番組では、遺品から被爆手帳を見つけ

祖父が初めて広島の被爆者だと知った。

別のケースでは、勲章を見つけ

それは戦死した兵士に贈られたもので

亡くなった叔父のものであることを

知った女性もいました。






戦争体験者も高齢化が進み

生きた証人も減ってきています。




戦争を体験した人はいろいろな感情から

あまり戦争の話しをしない方もいるそうです。

その気持ちもわかります。





出来る限りでよいので

当時の史料を残してほしいです。









終戦の日




今日は終戦の日です。



あの日、戦争が終わってよかったです。
あのまま戦争が続いていたら
もっと多くの犠牲が出、
大切な家族を失って悲しむ人が
増えたでしょう。


あの日、日本は負けました。
もし、日本が勝っていたら
更に戦争は続いていたのかもしれません。


トラ トラ トラ

ニイタカヤマ ノボレ

歴史が苦手で嫌いな授業だった
私でも知っている言葉です。



これは戦争中の暗号ですが、
山本五十六が最後に戦闘機乗っていた時
暗号は使われていなかったそうです。



日本語でやり取りされ、
それを敵国であるアメリカ軍の
「帰兵」(きべい)と呼ばれる
日本で日本語教育を受けた
日系アメリカ人が訳し
山本の乗った戦闘機を把握し
打ち落としたそうです。



また、戦死した日本兵の遺体から
給与明細を探しだし
そこに書いてある発行元を軍の基地と
予測しそれらを集中的に攻撃しました。



これが、日本敗戦の原因とは
言い切れませんが、
かなりの影響を与えたのではないか
と感じます。



もし、帰兵という存在がなければ
日本は勝利していたのでしょうか。
それはわかりません。


勝利していたならば
更にまた別の戦争が
起きていたかもしれません。



当時、アメリカに忠誠を誓った
日系二世が多くいたそうですが、
中には反対の立場に立った
日系人たちもいたようです。



それらの人たちは
「NO  NO BOY」と言われていました。



また、戦争が終わって
日米離れ離れになっていた兄弟が
戦後、感激の再会を果たしたそうです。



嬉しい再会も束の間、
戦争の話しになり、
それぞれの立場、気持ちもあって
言い合いになったそう。


せっかく再会を果たした
血の繋がりのある兄弟でも
こういう事がおきました。


ましてや勝敗を分けた
日本とアメリカが
現在の関係になったのは
喜ばしいことだと思います。
(GHQの言いくるめや
日本がアメリカの犬と言われたりしますが )


あの戦争で何が起こり
それぞれの立場の人たちは
どう考え行動したのか
私はとても知りたいです。


当時の事を知り、
過ちを再び起こさないため
忘れないよう心に刻みたいです。


国を守るために尊い命を落とした
全ての人に祈りを捧げたいと思います。


と、共に今日の平和に感謝します。



ですが、広島、長崎に落とされた
原爆投下の判断は決して
正しかったと思いません。


あの投下があったから
戦争が終わった。
あの判断は正しいと言う
海外の意見もあるようです。


今後も相互理解が必要で
大切だと感じています。










フレッド コレマツ氏





偶然、テレビをつけたら

NHK でフレッドコレマツ氏のことを

放送していました。



番組表見たら30分程過ぎてました、、、





私が尊敬するのはダニエルイノウエ氏


(ハワイ、ホノルルの空港名になった方と


言えば分かりやすいでしょうか)


ですが、少し前にコレマツ氏の存在を知り


もっと知りたいと思っているところです。




Googleの今日はなんの日?みたいな


イラストにも取り上げられた程の人物です。




今月は終戦記念日もあり


関連番組が多いので


出来るだけ観たいと思います。