私の母は認知症でした。発症したのは…う~ん、おそらく息子が生まれてまもなくの頃だったかもしれない。

認知症の症状はどんな感じだったのか…はおいおい書いていきますが

約5年間介護施設に入っていて、

コロナ騒動が始まった2020年の5月10日 日曜日の

母の日に亡くなりました。

 

亡くなる3か月前ころ、一度、様子がおかしいと母の入所している施設から電話がありました。

かけつけると呼吸器をつけていて、朝から調子が悪そうだと聞かされ

もしかしたらこのまま…ということも言われ、その時は一旦覚悟しました。

というか、入所している5年の間に、もしかして…と思うことが数回あり

その都度、覚悟はしていたので、動揺するとか、慌てるとか、泣き叫ぶとか

そういう感情はあまり出なかったと記憶しています。

 

で、その時は呼吸器をつけていたにもかかわらず、翌日にははずれ、

安定してきてたので

あらら…?やはりこれまでのように復活?とひと安心していましたが

それを境に、食べ物が一切喉を通らなくなり、点滴だけになってしまいました。

いちおうスタッフの方も食べさせようと試みてくれましたが、難しいようで

この年齢で食べられない日が続くと、今後回復(口から食べられる)することはほぼないみたい。

 

 

「点滴だけなら、通常どれくらい生きられるんでしょうか」

 

不謹慎かもしれないけれど、私はスタッフの人に聞きました。心の準備はもちろんですが、実務的なことも含め

前もっていろいろな準備が必要になると思ったからです。

 

「もちろん人にもよるけど、チヨさん(私の母)のような年齢だと1か月半とか…かなぁ」

 

と言われました。そうか、それくらいか…と納得しながら、施設を後にした記憶があります。

とにかく母は点滴だけのベッド生活になってしまったけれど

回復はしてきて、私たちが行くと「ああ、来たのね」と言わんばかりに

目を丸くしたりして私たちを見たり、

小学校の卒業証書を持って息子と面会に行った時も、ニコニコしてくれたりしたので

(認知症なので言葉はすでに話せません)

「おばあちゃん元気になってきたじゃん」とみんな思っていました。

けれど点滴だけだから、いずれ弱っていくのだろうけど

 

 

そんなある日施設のスタッフの方に

 

「チヨさんの好きな歌を教えてください」

 

と言われたので、あまり疑問にも思わず何曲か伝えました。そして翌日母の部屋へ行くと

その私が教えた歌がラジカセ(懐かしいニコニコ)から流れていました。

 

 

でかいイビキをかきながら眠る母 zzzzzzzzz

それを打ち消すかのように少々爆音で流れる、昔懐かしい歌謡曲音符ルンルン音符

 

イビキ VS 歌謡曲

これ、今だとちょっと笑える光景。

 

どうやらスタッフの誰かが自宅から私物で持ってきて、日中、母のためにかけてくれてるようでした。

もともと母は耳が遠いので、あえて大きめのボリュームで流してくれたんだろうな。

他の入所者の方に迷惑がかかりそうなので、少しボリュームを下げつつ

それでもスタッフの方の気持ちに涙が出てきたのを覚えています。