**Mon petit bonheur**

**Mon petit bonheur**

人生山あり谷あり。30歳にして、新たなSTARTを切った私の日々の徒然日記。
もう一度、「私の小さな幸せ」を探しに行こうっと。

**Mon petit bonheur**(モン プティ ボナール)とは

フランス語で「私の小さな幸せ」という意味。

離婚をきっかけに始めた「私の小さな幸せ」探し。
その小さな幸せを、1つ1つ形にしていけるように・・・。

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5月1日。
無事(?)、32歳になりました。

年齢とは、その人が頑張ろうが、
頑張るまいが勝手に加算されていくもの。
そんなこと、頭でわかってるんだけど
なんだか、こんなにもあっさりと歳をとるなんて思わなかったw

32歳、母が私を産んだ歳。
32歳、色んな意味で大人の女性をイメージしてた。
子育てに奮闘するママとか、キャリアをつんでかっこよく働く女性とか。

今の自分が、思い描いていた32歳像と
あまりにかけ離れているので、なんだか切なく感じる。
うーん、このままで良いのか? 私・・・。みたいなねw
たぶん「不安と焦り」なのかな。
それは結婚・出産だけじゃなくて、私が一人の女性として、
どうありたいか、どうゆう人生を歩んでいくかってとこまでの話。
今まで考えていなかったわけじゃないけど、
今までより深く考えるようになった。

自信が無いわけではない。
私なりに、精一杯生きてきたという自負もある。
ただ、周りの友達と比べて目に見えた蓄積が無いように感じる。
20代の私は、いったい今の私にどんなものを残したのだろう。

悩んでいても仕方ないか。
「馬鹿な考え休むに似たり」
行動しなければ、何も変わらないよね。
人生、泣いても笑っても一度きり。
出来ることなら、存分に謳歌したい!!
何事も欲張りな私。

他人様に何を言われようと、
お天道様に顔向けできない生き方はしていない。
自分の人生、欲張りに生きて何が悪い。

そう、ちゃんとイメージは出来てる。
自分がどうなりたいか。
だからそこに向かって、何かはじめよう。
私らしい何か。




新年、明けました~。
昨年、よしいちゃんが亡くなった為「おめでとう」は言えない我家。
色々あった2013年も終わり、頑張ったで賞ということで自分にご褒美♪
ずっと欲しかった一眼を思い切って購入。

昔、仕事でちょくちょくつかっていた一眼レフ。
AUTOで使っても十分綺麗な写真が撮れる。
それだけでも凄いのに、今はWI-FIが搭載されてたり、
編集作業もカメラ内で行えたり、iPHONEをリモコンとして
使えたり、まぁ、驚きの機能が満載。

ミラーレス一眼だから、そんなに高くもなく、
ボディーも大変可愛い。


カメラ


今日から私も巷では、こう呼ばれる。
「カメラ女子」と(笑)

春よ~、早く来い!!
2013年12月4日 20時46分
よしいちゃん 永眠 (享年93歳)

大好きなよしいちゃんが長い長い人生を全うして、
天国へ旅立った。
苦労の絶えなかった人生だったけど、
よしいちゃんの写真整理をしていた恵美子が、
涙ながらに「楽しそう」といいながら、
見せてくれた写真の中で、よしいちゃんはいつも笑顔。

私がこの世に生を受けてから、今まで私にとって
よしいちゃんは、「おばあちゃん」だったわけだけど、
写真の中には、じいちゃんと結婚する前の娘時代のよしいちゃん、
恵美子やおじちゃんたちと写る、母の顔のよしいちゃん、
私が見たこと無いよしいちゃんがいっぱい。
当たり前の事っちゃ当たり前の事なんだけど、
なんだかとても不思議だった。

しっかり者の頑張り屋さんなよしいちゃん。
そのよしいちゃんの血は、私にもしっかり流れてる。

よしいちゃん、ありがとうね♪
離婚した人の中には、大きくわけると『二度と結婚なんかするもんか‼︎』
って人と、『もう一度結婚したい‼︎』って人がいるみたい。

私は100%後者だな。
できる事ならさっさと結婚したい。
もちろん、結婚したい大きな理由の一つは赤ちゃんが欲しいから。
それに、やっぱり一生一緒に生きていく人を見つけたい。純粋に誰かを好きになるっていいもんだと思うからね。

ただ、こんな私も一度目の結婚に比べてみると、かなり慎重になった。
純粋に好きという気持ちだけでは、結婚に踏み切れなくなった。

昔は、ただただ相手が好きで一緒にいたいから結婚するって感じだったけど、今は違う。

彼に生活力があるか、誠実か、両親とはうまくやっていけそうか、その他もろもろ、とにかく考える。

これが、学習能力なのだろうか。
確実に、一度目の結婚をする時よりも、相手に対する条件が増えてしまった。バツイチの私を嫁にもらってくれるなんざ、それだけで本当にありがたい話なのに、自分の事なんてしっかり棚にあげちゃってるの。

理想ばかり言っていても仕方ない。
けど、譲れない事は譲れない。
そう思うのは、前の旦那との生活で私自身が感じた事が根底にあるから。

うーん、私、嫁に行けるかしら?
最近そんな事を思う。
中学2年生で初めて異性と「お付き合い」をした。
学年の中でも、初めてのカップルだったから、
周りは冷やかしたものの、当の私達がシレッとしていたので、
その風景もだんだんと当たり前になる。
中学生になる年代とは、言わば大人と子供の中間。
それぞれに色んな刺激を受ける時期だ。

まぁ、「お付き合い」と言っても今考えると「友達」に毛が生えたような、
なんとも可愛らしい恋愛だった。
休み時間に私のクラスに会いに来るとか、登下校を一緒にするとか、
今思うと、なんて純粋だったんだろうって。
あの頃は、恋の駆引きとか一切考えずに、ただただ相手の子が「好き」という事を
体・言葉で前面に押し出しているような素直な恋愛だった。

そんな楽しい時間もつかの間。
3ヶ月程で、私達の可愛らしい恋愛は終わりを告げる。
終わり方も可愛らしい。ただの1度の喧嘩が原因。

数週間後、彼は同じバスケ部の同級生と付き合いだした。
私は廊下ですれ違っても、彼の顔を見ることもできなかった。

淡くて切ない恋の思い出。
今、彼は何をしているんだろう。

ここ最近、というか今年に入ってから何となく他人様の夫婦仲について
相談もしくは聞く機会が多くなったように思う。

まぁ、理由はわかるよ。
私が離婚した本人だから、悩み真っ只中にいる人は
他人様はどうだったんだろうって思って聞いてくるんだろうね。

「旦那がどうやら浮気をしているかも・・・」とか
「離婚する前はセックスレスでしたか?」とか
あとは、「離婚する!!」とかいう宣言までわざわざする人もいる。

別に私にとっては過ぎたことだから、いいんだよ聞かれても。
ただ、わかっているとは思うけど、私と元旦那の離婚話は、
あくまで私達のパターンであって、この世に夫婦と呼ばれる男女が
どれだけいるのかは知らないけど、聞いた所で役に立つのかなと思うんだよね。

よく奥様同士の会話で、「家の旦那もそう!!」っていうの耳にするけど、
そうやって夫婦の事を他に話すことで、「夫婦はどこも同じ」っていう事実を
確認しているように、壊れてしまった私達夫婦の前例を聞いて、
「まだ私達(俺達)は大丈夫」と感じてるのか・・・。

結局、他人の夫婦の離婚の原因やら、流れを聞いても
最終的には自分達で決めることだし、そんな事他人に聞く時間があるなら、
夫婦二人でしっかり向き合え!!話し合え!! っつーの。

奥さんに拒まれ、セックスレス。
その状況に「何で?」と夫は悩んでる・・・・
その「何で?」を何で私に聞くのだろう・・・
当の奥さんに聞いてみたらどうなんだろう・・・
「何で俺としたくないの?」って。
家族なんだし・・・・たった一人の奥さんなんだし・・・
他人に聞いて、大体こんな考えなんだろうで流していいのかな。
奥さんが拒むには拒む理由があるのかもしれないし。
そこに照準あわせないと、解決するものも解決しないでしょ??

「旦那が浮気してるかも・・・」と旦那の悪口をいう彼女。
そんだけ悪口が言えるのに、彼女は旦那のどこを愛しているのだろう・・・。
私には不思議で不思議でしょうがない。

どんなに私に愚痴ろうと、相手の良いところ悪いところは
長年一緒にいる本人同士にしかわからないし、
どんなに相手の悪いところを私に暴露したとて、
その相手を選んだのは、今文句をたれている君だということ。

どの夫婦もね、結局、本当の所は二人にしかわからないわけ。
そして、色々聞いて思うのが片方の言い分だけを聞けば
一瞬そちらが正しく思える。けど、相方の話を聞くとそうでもなかったりする。
もともとは赤の他人の二人が家族となるわけだから、お互い相違があって当然。
それでも、「この人」と思って結婚するんでしょ?

私は離婚をするとき、心底自分が嫌いになった。
家族とはいえ、言いたい放題・やりたい放題やってきたのは
旦那だけじゃなく私も同じだったから。
「家族だから、大切な人だから、
自分がすることは全て受け止めて許してくれるだろう」
自分では意識してなかったけど、それが家族と思った。
そして、結婚する事でその関係は永遠に続くと思った。
「私達は、何があっても大丈夫」ってね。
でも、人の感情は「結婚」なんてもんで縛ることはできなくて、
ある日突然別れが来る。その時になって、どんなに地団駄を踏もうと、
喚こうと叫ぼうと、その人の心は戻ってこない。

だからそうなる前に、ちゃんと向き合わなきゃ。

結婚はゴールじゃない。大変なことも一杯。だけど、得るものも一杯。それが結婚。
「この人と歩いて行こう」と決めたときの気持ち、壊れてしまう前に思い出して欲しいな。








私の心が忘れかけてた感情、それはズバリ「恋」をするという感情。

主婦になった途端、私の心は勝手に
『もう恋愛は必要ない。』と決め付けていたみたい。
だから、今のこの感情は凄く新鮮。

離婚した直後は、恋愛の仕方すら忘れていたのに、
なんとも不思議なこの感じ。
相手に好意を持つという第一ステップ。
誰しもまず、この第一ステップから始まるのだ。
相手を見るだけでウキウキ、相手の事を色々知りたくなって・・・。
休みの日は何をしてるんだろうとか、好きな食べ物は何だろうとか。


恋する乙女モードの自分を冷静に見つめるもう一人の自分がいて、
『なんだ、私もしっかり女じゃん! 』とちょっとだけ安心する。
こんな乙女な私を彼は「面倒臭い」といった。
だからきっと、自分の中にあるこういう部分を自ら知らず知らずのうちに
心の奥底に封印してしまっていたんだね。

でも、私だって「妻」である前に一人の「女」だし、
本当は、寂しがり屋の甘えんぼ。それが、自然体の私。
そんな自分を一生懸命彼に合わせようとしていた。
本当は強くないし、しっかりもしていない。
だから、一杯一杯無理してた。
一番わかってほしい彼は、そんな私の気持ちをわかろうともせず、
最後に私たち夫婦は壊れた。

心に大きな傷を負いながら大量の引越し荷物と
面倒な手続きやら書類やらと格闘後、
私は、やっとの思いで「妻」から一人の「女」に戻った。
乙女と呼ぶには、不相応の年齢になったけど(笑)
自然体で乙女モードの私も全て包み込んでくれる人と幸せになりたい。
これが今の私のささやかな願い。


そして私は「恋」をした。
そう、考えてみたら「恋」は突然にやってくる。
実に13年ぶりの「恋」。
今度は、ゆっくりしっかり一歩づつ。
私が私らしくいられますように。

「虫の知らせ」という言葉を知っているだろうか。
辞書には、「よくないことが起こりそうな気がすること」と書かれている。

別れた旦那の祖母が亡くなる際がそうだった。
私の大好きな干し柿を、毎年作ってくれていた祖母。
その年の干し柿も、もうすぐできるからと旦那のお母さんから
取りに来るように言われていた。

ある休みの日、普段はどこにも連れて行かない旦那が、
珍しく「焼き牡蠣でも喰いに行くか!」と重い腰をあげた。
「焼き牡蠣」と「干し柿」どちらも私の大好物。
でも毎年干し柿は旦那が祖母宅近くに仕事の用事があるとき、
ついでに寄って取ってきてくれていた。
だからいつもの私なら、絶対焼き牡蠣を選ぶはず。
でも、何でだか私はその時、焼き牡蠣ではなく
干し柿を取りに行かないといけないと思った。
そして、大好きな焼き牡蠣より干し柿を取りに行く事を選択した
私に旦那はとても驚いていた。

私達はいつも通り普通に車を走らせ、祖母宅に。
すると、祖母が既に昏睡状態。
理由あって、旦那の両親も離婚していた事もあり、
祖母が自分の最後は私達に伝えないで欲しいと旦那の母に言っていたらしい。

そんなつもりできたのではないけど、
旦那は昏睡状態の祖母に話しかけることができた。
手の施しようがないということで、
そのまま、私達は祖母の家を後にした。

次の日明け方、祖母は静かに息を引き取った。

旦那は、母方の祖母・祖父にはそれはとても可愛がられた。
夏休みといえば、畑で取れたとうもろこしを食べながら、
甲子園の試合を亡き祖父と見るのが楽しみだったそう。

私に特に霊感はない。全く見えないし。
きっと、祖母は最後に自分の可愛がった孫に会いたかったのだろう。

前回のブログで、旦那が再婚した夢を見たと書いた。
「虫の知らせ」とは到底逆の良い事のほう。
そう、つまり旦那は私がブログを書く1ヶ月前に無事再婚していた。
自分でもこれには驚いた。
こんな事もあるんだ。

私の勘て満更じゃないかも!!





今日、夢を見た。
元旦那に新しい奥さんができた夢。

夢の中で旦那に電話をかけ「今どこにいるの?」と聞く私に、
「新婚旅行でロサンゼルスに来てる」という元旦那。
そこで何故か、新妻が電話に出て自己紹介までされるという話(笑)

でも、夢の中の私はとても複雑な心境だった。
吹っ切れたはずの、元旦那に対する今の私の気持ちって・・・。
ん??まだ忘れられないのか?


だって、一緒にいたとき、苦しかったじゃん。
考え方や食べる物の好みも全てが間逆。
買物も休みの日もいつも一人。
会話もない日々が続いて、夫婦って何?っていつも考えてた。
おまけにSEXレス5年生(笑)
ちゃんと愛されてるのか不安で、私たちの未来ってとか子供はどうするとか。
考えれば考えるほど、なんだか苦しくなって。
元旦那に話しても、答えは見つからなくて、一人で飲む日が増えた。

結局私はお酒に逃げた。

元旦那は、「酒をやめろ」それだけしか言わなくて、
根本的な夫婦二人の間の問題を解決してくれようとはしなかった。

「酒が好きだから飲んでる」どうやら彼はそうとしか考えなかったみたい。

本来の私をわかってないんだ。
確かにお酒は好き。
でもね、私だってバカじゃない。
楽しく飲むお酒が好きなのよ。

毎日毎日、泣き泣き飲む酒なんて美味しいはずないじゃん。
そんな私の気持ちもわかってくれなかったでしょ。

りえ、しっかりしろ!!
もう、離婚して1年。
あの人は、もう私の旦那じゃない。

こうゆう時、自分の単細胞な脳みそに腹が立つ。
基本楽観的だし、辛いことや悲しいことは忘れて生きていける私。
でも、こうゆうことは忘れちゃ駄目なんだ!!

と、言い聞かせる。

彼の幸せを祈ろう。
そして、私も幸せになる。
そう決めたの、一年前のあの日に。
だから後ろを向くな。

頑張れ!!私!!



4月4日は、父代わりだった叔父の命日。
叔父が亡くなって、今日で1年。
なんだかすごく早い。

一年前、私はまだ離婚していなかった。
叔父の訃報を聞いたのは、仕事終わりの帰り道、
舞い散る公園の脇で。

母の声は至って冷静だった。
「りえちゃん落ち着いて聞いてね。」
私はてっきり、今年93才になったよしいちゃんが
その時を迎えたのだと思った。

でも、母の口からでたのは意外な人の名前。

母が私と弟を連れて父との離婚を決意したのは、
私がまだまだ幼い5歳の時。
女手一つで私と弟を育てる母を影ながら支えてくれた
厳しいけどとても温かい叔父。
ずっと独り身で一緒に暮らしていたから、私と弟には父みたいな感じ。
だから、ヴァージンロードも叔父に頼んで一緒に歩いてもらった。

その叔父がたった今亡くなったという。

一瞬、目の前が真っ白になった。
この前も、叔父の誕生日に芋焼酎を送って、
お礼の電話をくれたばかりだった。
頭ではわかっているものの、心が理解できていない。
そんな状態で、叔父の亡骸と対面した。
棺桶に入った叔父を見て、ぽっかりと心に穴があいた感じがした。
だって、まだまだ孝行できてないよ。
私の子供の顔も見せてないし、
一緒にお酒も飲んでないし、
旅行にも連れて行きたかった。

忘れもしない4月10日。
満開の桜が舞い散る中、叔父の葬儀は行われた。
葬儀に足を運んでくださったのは、150人もの方々。
すごい勢いで舞い散る桜吹雪は、
来た人皆が足を止めるくらい、とてもとても美しいものだった。
まるで、叔父が「来てくれてありがとう」って言っているみたい。

「葬儀は、その人の人生が出る」
誰が言ったのか知らないけど、本当にその通り。
叔父は、たくさんの友人・親族に見送られた。

ある叔父の友人は、
叔父が私の挙式で私と一緒にヴァージンロードを歩いた事を
とても嬉しそうに語っていたと教えてくれた。
そう、挙式当日の叔父は緊張のあまりいつもに輪をかけて無口だったっけ。
別の友人は、もらった引出物が余っていると私に送ってくれた圧力鍋は、
実は引出物じゃなくて、叔父が自ら私にプレゼントする為、
買いに行ってくれたものだったと話してくれた。

それから、叔父が一生を共にしても良いと思った女性がいたことも(笑)。

家族には、自分のことをあまり話さないから、
叔父の事何も知らなかった。
叔父が、たくさんの友人から頼りにされ、
色んな人から愛されていた事、
そして、叔父が私をとっても愛してくれていた事。

私は、叔父に何をしてあげれただろう。
叔父はどうしたら、喜んでくれるだろう。
そんな事を、ここ1年間ずっと考えてきた。
もしも、叔父がまだ生きていたら、離婚した私に何ていうんだろう。

「幸せになれ」

ふっとそんな言葉が、頭に浮かんだ。
ヴァージンロードを歩いてもらう時、
私と叔父が二人きりになる時間があった。
「目にゴミが入った」とコテコテのごまかしセリフで、
涙を溜めて叔父が言った一言だ。
私は、必死で泣くのをこらえ小さく「うん」とだけ言った。

そう、思い出した。
「こうしろ、ああしろ」って言った事のない叔父が、
最初で最後、私に残した想い。
「幸せになれ」

だから私は、「幸せになろう」
きっとそれが、叔父が喜んでくれることだと思うから。