先日 買い出し中に
お腹が空いて 袋に入ったカレーパンを買って
食べた。

少し精神的に疲れていたと思う。

カレーパン おいしかった。

おいしい しか なかった。


感覚というのは ひとつ なんだな
と ほっとした。

2つも3つも意味を持たない
二元で在ることがない。

複雑な味 という表現もあるけれど

感覚として受け取ったものはひとつ

そして ひとつひとつの折り重なり


袋に入ったカレーパンが

身体に悪そう とか
油が悪そう というのは

頭が働いていることで
自分ではない誰かも共存していることに
なる。


食べて 不味い 
身体に合わない と身体が感じるのであれば
その人の身体には合わない ということ

自分が受け付けるエネルギーは
自分で見定めてみるのも良いと思う。

私は 嫌いなものを 不味い〜 と感じること
が 好きなので そうしている。
本質的なものだと思う。


概念を取り始めて

感覚が いかに 確かなもの かを知った。

自分が感じるものが
自分の世界をかたち創っていると
感じられる。

他者は他者
その人はその人の世界で生きている。


感覚という ひとつ を頼りに
自分を開いていけばいいのか…

安堵の理由はそれだった。