先日、フランス映画を二本観賞しました。
「コーラス」と「最強のふたり」です。

まずは一本目の「コーラス」から。
内容はわりとありがちな少年更正もの。ただし最後はご都合主義的に大団円ではないです。

内容は日記を回想している形。寄宿舎に舎監として赴任した音楽教師のマチューは、わりとえげつない悪戯を仕掛ける少年たちを、合唱を通して更正させていきます。その中でもモランジュという少年は見た目は天使、中身は悪魔のように言われていましたが、天使の歌声と呼ぶにふさわしい声の持ち主。マチューの努力が実り、メインの少年たちの更正は成功しました。
しかし、物語の途中からそこに入れられた少年は更正せずに警察へ。結果、その少年によってマチューは寄宿舎を追い出されます。これは校長のやらかした皺寄せがマチューに行った感じ。少年を見て、私は「大人を信用していない」のだと感じました。まあ、校長の対応を見る限り、信用なんて出来ないと思う。この子の周りには、この子を優しく諭して導いてくれる大人がいなかったんだろうと思った。たぶん寄宿舎に来た時点でもう手遅れ。

さて、天使の歌声モランジュくんですが。マチューに才能を見出だされ、母親を説得してもらって、マチューが寄宿舎を去った後に音楽学校へ入学しました。その数十年後の物語冒頭で、彼はオーケストラの指揮者をしています。どうやら音楽家として成功したようです。数十年前、ほんの数ヶ月の出来事で、彼の人生は大きく変わりました。マチューがいなければ、モランジュはまったく別の人生を歩んでいたでしょう。
そして物語冒頭でモランジュのもとを訪ねて来た老人。彼は寄宿舎で一際小さくて弱い、イジメられっ子の少年でした。その彼は寄宿舎を出て、マチューに引き取られます。マチュー亡き後、彼の日記を持ってモランジュを訪ねて来たんです。

ご都合主義で終わらなかったのが良いところ。
監督責任を負って追い出されたマチュー。中盤あたりで感化されてわりといい人になりかけたはずの校長は、結局は嫌な人間として自業自得の処分。モランジュの母親は再婚が決まったのに新しい夫はモランジュが邪魔で、母親は夫より息子を選んだためお別れ。
うーん、この。大団円も好きだけど、こういう現実はそんなにうまくいかない感もいいな。



「最強のふたり」の感想はまた今度。
先日、『ライフ・オブ・パイ』を見ました。
CM広告だけを見た人なら、騙されたんじゃないでしょうか。私はものの見事に騙されましたよ、ええ。

心温まる動物ものじゃないのかよ!!!!

騙されたわー、完全に騙されたわー。
あのCM見てたら動物ものだと思うじゃん?実際終盤までは動物ものだったよ。
最後の最後で大どんでん返しだけど。監督間違いなく狙ってたよ。
二度美味しいってやつですね!

広告の時は極限状態を経た、人間と虎の種族を越えた友情ものだと思ってました。

見てる最中も、精神描写多いなとは思ってたよ。
波ひとつない海に、発光するくらげの群れ。発光するくじらのせいで非常食全滅。とどめに人食い島。
はじめは「こんな島もあるかも」とか思ってましたが、ミーアキャットの群れのあたりで「あれ?」と。見てるうちだんだんと「ここ神の島じゃね?」って思えてきまして。
観賞後に調べてみたらヴィシュヌ本体のことじゃないですかやだー!神の島どころか神そのものとかー!!

そして衝撃の病院のシーン。
パイの話を荒唐無稽ゆえに信じないから、即興で作り話をしてるものだと思ってた。でも聞いてるうちに「ず、ずいぶん作りこまれてますね……」みたいなリアリティ溢れる話に。
おい、おいおい。
シマウマとオラウータンとハイエナ伏線かよ!!
船が難破した時に家族がワンカットも登場しなかったのも伏線!?
序盤で父親がパイに向かって言った「虎の瞳の中に自分の心を見ただけ」っていうのもまさか伏線!?
戦慄した。監督の手のひらで踊らされてた気分。
ちょっ、私中盤の嵐のシーンで虎可愛いとか秘かに思ってたのに。エンドロール流れてる中、ポカーン( ゚д゚)としてた私に一言。



これ、ある意味虎視点ですね。パイ=虎なら、彼もハイエナ(=コック)と同じく越えてはいけない一線(殺人、カニバ)を越えた。
でもパイは虎に食われなかった。パイは虎を調教しようとし、船に上がるのを助け、死を覚悟すれば抱きしめて、人食い島を出る時には来るのを待ち、そして最後に虎が振り返らなかったことを寂しく思っていました。
これはパイ(=理性や倫理観)が虎(=攻撃性、狂気?)を制御しようとしてたということ。パイには虎を見殺しに出来る機会がありました。でも、しなかった。だってどんなに否定して、拒絶しても、結局それは自分自身のことだから。
人間としての禁忌を犯したのに、誰も罰してくれない。たった一人で海のど真ん中に取り残され、気が狂ったほうが楽なのに、それでも人間性を手放さない。

観賞後にボーッと考えて出た結論は、極限状態に突き落とされた人間がすがるのは、信仰なんだということ。
パイは漂流中に神を見た。何度も、神の一端に触れた。
心の均衡を保つのに、信仰にすがったのだと思います。深かった。
というよりキラとラクスの擁護、かな?

現在、兄が無双新作をやっているのを横で見ていて、兄と一緒に納得したところ。

キラは「変わらない世界は嫌だ」と言っています。そしてデュランダルが提唱したディスティニープランは「変わらない世界」そのものです。
それを考えて、「あれ、キラってぶれてない……?」と思いまして。
そこからキラの株が急上昇。その時はまだ戦場を引っかき回す理由とか、思い浮かんでませんでした。
しかしその数分後。私たち兄妹に天啓が!

───ラクスたちのやってることって、ソレスタルビーイングと同じじゃね?

(゚д゚)<!!!
そういえば!作中で一切語られてないけど、アークエンジェル組のやってることって武力介入や!!

それに気づくと、ラクスが黒幕に見えていたのがあら不思議!どんどん白く!
私は種のラクスは真っ白だと思っているので、種死でも聖女だと考えてみましょう。
種から種死の間、ラクスは隠棲していました。権力とカリスマを持っているのに、自分の出来ることや責任を放棄したというようにも見えます。
だがしかし、これ敢えて隠棲したようにも見える。どちらかが滅ぶまで続いていたであろう戦争を終わらせて、人は争わない世界を作れると善意や良心を信じて、身を引いた。彼女なら自分の求心力とか自覚してるでしょうし、他者から依存されそう。でも人々はまた争い始めます。だったらもう自分たちが間に立つしかない。たとえ仲介してもきっと止まらないだろうから、前のように第三勢力として戦場を引っかき回す。
そのラクスの武力がキラ。キラはスーパーコーディネイターだけど、本人には権力がない。兵士としては超有能だけど、政治家ではない、みたいな。一種の役割分担ですね。

停滞した世界はキラ自身の、コーディネイター本来の存在意義と相反します。
宇宙進出した人類は遅かれ早かれ進化するでしょう。その時、旧人類と新人類の間を取り持つ調整者としての役割がコーディネイターだと、ジョージ・グレンは言いました。
調整者が停滞しちゃ駄目なんです。キラの言った通り、どんなに辛くて苦しくても、変わらない世界より良いんです。

やっぱり主人公の途中交代の皺寄せが、キラとその周りに来たってことですね。独り善がりに見えるから、しかもキラ無双だから、そりゃアンチ沸きますよ。
序盤の種死は00で例えるなら、主人公をコーラサワーにして見たソレスタルビーイングだと思います。視点が違うから、ラクスたちの考えていることがわからない。作中でも詳しく描かれてないっぽいですし。
深く考えるとまともに見えてくる、不思議!





ただしアスランはどうしても擁護出来ない。
ラクスを信じてアークエンジェル側に行ったなら納得できるんですが、どう見てもキラを盲信してるんで。
お前に明確な主義主張信念はないのか、デコ。