今年のお正月は、予想通り、SNS は着物姿で溢れていました。 確かに、着物姿は絵画的な楽しさ、美しさがあり、とりわけ若手の女優さんやタレントさんにはファンを引き付ける「着物でのご挨拶」になっていたようです。
一つ一つじっくりと拝見させていただいているわけではありませんが、何と言っても、その方ご自身がお持ちになる、あるいはこれまで培ってこられた魅力をいかに着物姿でも表現できるかに、これからはかかっていくように思えます。
ただ、それ以前の問題で、袖下からのぞく腕は細いのに、胸が全体的に膨らんでいたり、ウェストはぐっと細いはずなのに、帯が盛り上がっていたり、洋服姿のイメージとのギャップが大き過ぎると感じることがあります。 やはり不自然で気になってしまいます。
我が着付師ますえさんは、既にレギュラーの仕事は辞めているのですが、それでも長くお付き合いある方からの依頼は断り難いようで、お着付けの指導は時折行っています。 もちろん、学ぶ方は真剣でしょうが、教える側も、前日には、手順を細かく点検・確認しています。
お着付けの指導と言っても、決して画一的なものではなく、その方の体形、更には、その方の日頃のクセ(普段は気づきませんが、手の動きなどは、それぞれクセがあるようです)まで頭に入れて、その方にとって最も着付け易い方法を探りながら続けているようです。
でも、「クリップや補正材など一切使わず着られるようになった」ことを、お友達には、自慢されていると聞いています。
日常に着物を着ていた時代では、子供たちは親の着る姿をみて、更には親から教えられて着ていたはずで、着付け方は多様だったでしょうが(幕末や明治初期の写真でよく分かります)、基本は、動きやすく、着崩れないこと、であったことが変わることはありません。
2021 年も残り僅かになってしまいました。 このブログもスタート以来、来年の 2 月で 7 年になります。 巨大な SNS の世界の中では、埋もれて見えなくなるほどの存在ですが、ちゃんと目を通していただくだけでなく、評価をして下さる方もいらっしゃるなんて、ただただ感謝の気持ちでいっぱいです。 先ずは、この場を借りて深くお礼申し上げます。
もう日常では着られなくなった着物は、いつかは博物館でしか見られなくなる時代が来るのかもしれませんが、まだまだ着物を作り上げる工程それぞれに職人さんもいらつしゃる今、これまで培ってきた日本の伝統文化の中で着物の着用を少しでも長く保つ術もあるのではないかと考えるようになりました。
というのも、お茶やお花といった習い事とは違い、生身の身体に纏うものであり、昔の人たちと同じように一日を過ごすものであること、その上高いファッション性などが上げられます。 これまでも時代、時代で常に変化しているように、これからもその時、その時で、変わっていく可能性があるからこそ、先ずは着やすさ、動きやすさ、そして楽しさを知ってもらうことでしょう。
正直、着物を着る時、先ず補正材やタオルを巻きつけることなど筆者は知りませんでした。 上述のように確かに変わっていたのです。 でもこれではうっとおしく、動きにくく感じるのは確かですし、基本、着崩れやすさを避けることができません。 そして、これでは到底ファッションを引っ張る若い世代に目を向けて貰えるとは思えませんでした。
確かに、「着崩れ」という言葉はしばしば耳にし目にします。 でもちゃんとした着付けであれば、殆ど着崩れることはないのです。 日々着物を着ることの無くなった時代、筆者がここで度々、着付けの基本だけはしっかりと学んで欲しいと述べるのも、その第一の目標が、「着物を一日着ていても着崩れない」ことなのです。
以前にも書いていますが、女形さんが女性と同じように帯を結べば、息ができなくなり舞台に上がれません。 間違いなく補正材は必要不可欠なのです。 でも、一般の人々には、補正材を使う習慣など、20 世紀の半ば過ぎまでありませんでした。
実際に、服装の補正材が生まれたのは西欧です。 ウエストを思いっきり細く、そして、スカートを落下傘のようにふくらませる。 映画ではお目にかかるファッションですが、これは 20 世紀当初にはなくなります。 ウーマンリブ運動のきっかっけが、この補正材からの解放だったのです。
もともと一巻き(一反)の生地で出来上がっている着物です。 その一反全てを使って、柄や絵を全身に浮かび上がらせる、誰でもがワクワクしてしまう、かような服装は、日本以外そうそう見当たるものではありません。 その楽しさに気づいてくれたのが、若い世代が夏のファッションとしてとらえた「浴衣」でした。
ブームの最初の頃は、浴衣まで着付け依頼が多かったのですが、今は、浴衣をお持ちの方でしたら殆どの方がご自分で着ておられるのではないでしょうか。 次の変化は、リサイクル着物に! これも若い世代が牽引しました。 もともと高額な絹織物が驚くほど安価で手に入るようになったのです。
ただ前の世代とは背丈が違います。 身丈が短くおはしょりが出せなかったり、当然袖丈まで足りないのですが、仕立て直しなどすることなく、長襦袢の袖や裾にレースのリボンを付け、着物の下からチラ見せしたり、自由な発想に微笑ましくなります。
直近の画期的な変化と言えば、やはり、テキストから画像や映像中心に変わってきている SNS 効果でしょう。 俳優さんやタレントさんのサイトに着物姿が掲載されると一気に盛り上がります。 そこでは、もう着物姿が無くてはならない存在になっているようです。
もち論、着付け教室のみならず、一般の方の投稿も一挙に増えています。 続けておられる方の中には、最初の頃に比べると格段にお着付けがうまくなっておられるのを目にしています。 それぞれにこだわりを持っておられますので、ご自分に合ったサイトや動画を参考にされてはいかがでしょうか。
もちろん、呉服屋さんだって真剣で、ドレスの価格を見据えた価格帯のシリーズを準備しておられます。 悲観的に感じていた 7 年前に比べると、今後もより明るく積極的な展開が期待できそうで、たいそう楽しみにしています。 皆様、よいお年を!
明日から師走! 2021 年も残り 1 ヶ月になってしまいました。 何かとせわしない年でしたが、新型コロナのワクチン接種前の昨年の暮と比べると、今はなぜか安堵感があり、少しは心穏やかに新しい年を迎えられるのではないかと感じるのは、筆者だけではないでしょう。
そして、お正月、成人式、卒業式と続く、これからの季節、着物に袖を通すのを心待ちにしておられる方も多くいらっしゃるに違いありません。
このブログも日々の忙しさにかまけてグッとペースを落とし、ほぼ月 1 の投稿になってしまいましたが、振り返ってみるとプライベートな記述は見当たりません。 今回は、こちらも「振袖」をテーマに、我が一家の思い出について述べてみましょう。 登場人物は、筆者、かみさんと娘の 3 人です。
ずーっと前のある日曜日の朝、筆者は惰眠を貪っていたのですが、突然にかみさんにたたき起こされ真っすぐデパートに飛んで行きました。 何と特売場、販売アイテムは「着物」でした。 呉服屋さんと言えば、商品棚に巻き上げた反物が整然と並んでいるのが相場ですが、こちらは、四角のテーブルに雑然と着物が積みあがっていました。
もちろん、テーブルの周りは買い物客でいっぱい! それぞれが好みのものを山の中から探し出しているのですから、商品は、もう不規則な攪拌状態! かみさんはその中から豪華な「振袖」を探しだしたのです。 でも片袖が付いてなかったので、次は片袖探し。 ようやく、振袖の全パーツが揃いました。
紫地に箔押し、金駒刺繍に古典柄、典型的な振袖です。 何せ特売ですから、紫地は少々色あせしたところもあったのですが、リサイクル品ではありません。 次は、素材屋さんで、振袖に使われている全色の縫い糸を買い求めました。 あとは、かみさん一人で数日かけて縫い上げ、豪華な衣装に仕上げてしまったのです。
その時、娘は小学校の上級生、お正月のお出かけに早速その振袖を着用、袖丈はほぼ地に付きそうでした。 お気に入りのレストランでは、大人っぽく「今日はお着物だからそんなに食べられないわ」とか気取っていても、好きなお料理を次々平らげてしまいました。 表では、すれ違うお姉さま方の着物姿を一瞥、得意満面な表情は忘れられません。
娘が大きくなってからも、この振袖は母親の愛情がびっしりと詰まった特別な一品になったようで、その後も何度か着たようです。
クラスで前から 2 番目のチビだった小学生は予想に反し大きく成長して、成人式には、古典柄抜きで、レインボーカラーをシンプルに弧に描くよう京都の染屋さんに直接依頼した振袖を着てくれました。 期待通り、大柄の身体に大胆な柄ゆきはちょっと大人びてぴったりとマッチしたと思っています。
子供にとって、成人式は大人への門出を祝う日なのですが、親にとっては、育児の卒業式のようなもので、記念の写真を撮ってもらう間、ぐっと込み上げるものがあり、ただただ膝がガクガクと震えが止まらなかったのも貴重で大切な思い出です。



