私の事。
LGBTという言葉が広まって、「自分らしさ」や「ありのまま」が受け入れられてきているけど、
私自身もバイセクシャルだと思う。
昔から、気になる男の子がいたこともあったけど、女の子を好きになってしまうことのほうが断然多かった。
かわいいね、より、かっこいいねが嬉しかった。
小さい頃はお兄ちゃんに憧れて、女の子っぽい服を着せたい母親や祖母に反発し、お兄ちゃんのおさがりを喜んで着ていた。
下着や靴下のちょっとしたリボンやレースが嫌でそこだけハサミでちょん切り、ワンポイントの部分には穴が空いていた記憶がある。
成長して、女性的な身体になるのが嫌だった。
でも有り難いことに遺伝的に相当な貧乳だったからそんな心配はいらなかった。
それでも服を着た時のシルエットが女っぽいのが嫌で、丈の長さとか、ダボつき具合とか細かく気にしてた。
部活の合宿で他の子たちと一緒にお風呂に入るのも当然嫌だった。
上戸彩の出ていたドラマ金八先生で性同一性障害を知り、その辺りから性別のことや自分自身はレズビアンなのか、もしかして性同一性障害なのか...とか、アイデンティティや恋愛対象に対して沢山悩んだ。
それに、うちは母親がエホバの証人で聖書を学んでいたので、「同性愛はよくない」ことを知っていた。ずっとそれは自分の頭に染み付いていた。
胸がちゃんとあって、親がそうでなければ、きっと違った人生で、人格や描く将来も違ったかもしれない。
学生の時は、男の子に告白されてもなかなか恋愛対象には見れなかった。好きな女の子にはいつも嘘をついているようで後ろめたい気持ちだったから、こわくて自分の気持ちは伝えられなかった。
好きだけどその子の隣にいるべきなのは自分じゃない、と踏み出せなかった。
今と違ってTwitterとかInstagramなんてなかったから、とにかく情報は少ない。
携帯のインターネット掲示板で、【悩み相談】にこっそり投稿したりしていた。
片想いや叶わない恋の曲をひたすら探して聴いては泣いてたなぁ。
20歳頃。
高校から片想いしていた女の子に、いよいよ抑えられない気持ちを告白しようと決意したけど、
タイミングばっちりに彼氏との間に子どもができたと先に伝えられ、自分の気持ちは伝えずに終わった。
社会人になって、
色々あって職場で初めて彼女ができた。
いずれ離れる前提。
許された時間、できる限り沢山笑わせよう。
とにかく思い出を増やそうという気持ちだった。
一緒に住み、色んな初めてを経験した。
その後一緒にいることの不安を告げられ、自分から逃げるように別れた。
その子はその後少しすると、同じ職場の同僚の男と付き合いだしたもんだから、それからの日々は、それはそれは地獄だった。
情けなくてしょうがなかった。
その失恋を長いこと引きずって、今に至る。
その時の地獄の職場は退職し、
今は、アルバイトをしながら改めて聖書を学んでいる。
神を信じ、エホバ神の考えに沿った生き方をしたいと思い始めている。
自身の性的嗜好だけでなく、今まで沢山悩みながら生きてきた自分の大切な一部分を否定しなければならないのか、全て「性的不道徳」とくくられてしまうのか。
やはりその部分の引っ掛かりは理屈で簡単に乗り越えられるものではない。
たまたま今好きな人がいないから、「調整」したいと思えてるだけかもしれない。
見た目の男っぽさはだいぶ抜け、最近は化粧したりしてる。無理に社会に合わせようという感じではそんなにない。
私の女性に対して抱いてきた感情は、よくある思春期の憧れってだけだったのか?とか色々考えるけど、、、
まぁ、その葛藤よりも、
聖書を受け入れてたい、神の存在を感じ、
心から献身できるまでになりたいという気持ちの方が今は強い。
だから、納得したい。という思いでいる。
今の気持ちを整理したいがために
だーっと書いた。