顔を上げろ!


今冬の冷え込みは尋常じゃないぞ!おじちゃんの地元はオホーツク海に近いが内陸のため、夏は熱く冬は寒い! ぐぐぐっ、これは何かの修行かぁ~と、ついつい訝(いぶか)しがってしまうよ!オホーツク海には流氷の接岸が間近に迫り、一段と冷気が身に沁みる。

さて、三十日は母親の祥月命日であり、午前中の内にお坊さんに御足労を願い、首尾よく法要を終えた。

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生前、明るい花を好んでいたから、よく有りがちな仏花ではなく、ピンクのカーネーションと橙色のスィートピーをお供えした。華美ではないが、殺風景になりがちな仏前が明るくなり、何だか表情が緩む。

そんな日の宵の口、同級生の女性がご主人と御両親(七十代)と娘さんの五人で食事に来てくれた。

「いらっしゃいませ、今日も寒いですね!」
「足下の悪い中、本当に有り難うございます」

事前に電話連絡があったので、白菜と牛蒡を入れた豚バラの熱々肉豆腐を用意しておいた。職人気質の無口なお父様、その横に寄り添う様に上品なお母様の存在が家族の象徴だよね!もうお酒は召し上がらなくなったらしく、ぷりぷりの牡蠣フライ、滋味深い牡蠣の雑炊、甘みとサックリの紅東の天ぷら、甘い出汁巻き玉子に箸を伸ばし、満足そうに召し上がっていた。そして、若い娘さんがトンカツをわしわし食べている姿に目尻を下げていたのが印象的だった。白菜の柚子風味の浅漬け、紅東の蜜レモン煮をサーヴィスで差し上げ、小一時間位で食事を終えた。

おじちゃんは料理をせっせと作っていたが、ほんの一瞬だけ顔が曇った。何故なら、その家族の団欒に軽く嫉妬心を覚えたからである。あはは、お客様に嫉妬してどうする?本当に馬鹿だよね。。。でも、偶然にも母親の命日だったし、生きていれば同年代だよな~と、無い物ねだり。先日のブログの中で書いたけど、元気で生きている時に何故優しくしなかったのかと苛(さいな)まれる。しかし、これは自分の母親への妙な願いが有ったからだと思う。それは、母親にはいつまでも元気で居て欲しいと願うと同時に、色んな事を自分自身でやって欲しいと思っていた。乾電池の交換だったり、時計の時刻合わせだったり。。。母親は字が書けなかった事もあり、子供の自分として何らかの期待感を持ち続けていたのかもしれない。そして、その事を凄く恥ずかしく感じていたし、人には知られたくない事だった。でもね、母親の出来ない事は子供が代わりにやって上げれば何て事はない!何を下らない見栄を張っているのと思えたのは後々の事。出来るとか出来ないとか、そんな事よりも天真爛漫な明るい性格、無償の優しさ、そして海よりも深い愛情を大事にすべき事は明々白々である。

ともあれ、感情を同級生の御家族に投影してしまったようである。後悔ばかりしても前に進まないし、もう過ぎた事は変わらない。すくっと顔を上げ、前を見据えて生きるしかないのも理解している。足繁く店に来てくれるお客様を大事にし、美味しい物を作るのが生業である!そう、人を喜ばせるのも大事な仕事だよね。。。


今昔の感に堪えない一日だった。
馬鹿だよな。。。


寒気殊(こと)の外厳しい昨今、氷点下20度を超えると頭の中がキンキンする位に寒く、くらぁ~と目眩がするね!一方、秋田、山形や新潟は記録的な豪雪に見舞われ、滑落事故が多発して尊い命を落とされた方も多い。そして、東北や北陸に降る雪は湿っているため、屋根や家屋にはとてつもない重量がのしかかる。その点、北海道は冷え込みが厳しいからサラサラの雪が降り、雪の玉が作れないほどである。来週は節分と立春を迎えるが、それは暦の上の事だし、北国の春はまだまだ遠い!と溜め息一つ。。。

さて、全く持って手前味噌な回顧録を書く。一月三十日は母親の十六年目の命日(享年六十歳)であり、月日の流れるのは本当に早いと実感している。遡(さかのぼ)る事二十年前、現在の居酒屋を改築をする際、別な飲食店ビルに「Bar Rick」を始める事となる。往時、それなりに景気の良い時代背景もあり、アメリカンスタイルのショットバーに沢山のお客様に来て頂いた。自分の足りない脳味噌を絞り乍ら、様々な趣向を凝らした店作りに奔走もした。勿論、友人知人とスタッフの助けも有り、田舎には珍しい雰囲気の店に人が溢れたのは記憶に新しい。


そんな時、まだ元気だった母親が友人やお客さんを連れて呑みに来てくれる。しかし、自分のやりたい雰囲気に合わないのは明白だし、何故か早く帰って欲しいと思っていた。今思えば自分の驕り、いや照れ隠しなのか、母親には素っ気ない態度を取っていた事を後悔している。母親は誰からも好かれ、争い事を本当に嫌っていたし、お酒に酔うと陽気な笑い声が絶えない。「チェリーブランディーが呑みたい。あれが呑みたい」と自由奔放に楽しんでいた。それなのに、どうして店に来て欲しくなかったのだろう。。。自分の愚かさ、未熟さ、懐の狭さと浅さを痛感する。息子(おじちゃん)の売り上げに少しでも貢献してくれていたのに、いやいや、母親からしたら愚息でも誇りに思っていたのだろう。そんな優しさと慈しみの気持を理解もしないでカッコ付けていた時代が恥ずかしく、今になって後悔するのもあんぽんたんだよな。。。

「親思う心に勝る親心」、これは吉田松陰の辞世の歌「親思ふこころにまさる親心 けふ(今日)のおとずれ何ときくらん」からの諺。子供がどんなに親を思う心よりも、親が子供を思う心の方が遥かに深いと云う。あはは、今になって解ったのか?と空から笑っているだろうな。。。正に「孝行のしたい時分に親はなし」だし、石に布団は着せられずと云う事だし、後悔してもしきれない程の気持が心の中で乱反射している。

おじちゃんが小学生の頃、母親から「親より早く死んでは絶対に駄目!それは親不孝なんだよ!」と言い聞かされていた。しかし、世の中には「順縁」と「逆縁」が存在し、それはある意味の運命なのかもしれない。おじちゃんの出来た親孝行と云えば「順縁」だけだね。。。親よりも一日でも一時間でも一分でも長く生きろ!ただ、それだけ。。。あの時、この時、こうしていれば、ああしていればなんて愚かだよ!

それでも、おじちゃんは母親より長生きをしたし、当たり前だけど毎日線香を上げ、風呂が大好きだったから大きな湯呑みにお湯を入れて供養をしているつもりだ。。。しかし、そんな気持があるなら、何故生きている時にしなかったのか!言い尽くせない気持に胸が押し潰されそうになる。先ほど、そんなこんなの思いを馳せ乍ら、仏前を整え、好きだったプリン、かりんとう、ゼリー等をお供えし、ピンクのカーネーションと橙色のスィートピーを飾った。白檀(びゃくだん)の線香の香りが立ち上り、遺影がぷぷぷと笑った様な気がしたのは気のせいか。。。

世間知らず、親知らず、恩知らず、そして身の程知らずかもしれないが、人と仲良くして過ごし、頑張って仕事をするのが自分に出来る最高の親孝行なのかもしれないね。。。おじちゃんは馬鹿だね。。。(笑)
足音が聞こえたら。


寒に入り寒さも一段と厳しく、「寒」と云う字が恨めしい昨今。七日は七草粥で胃腸を休めたのだから、肝臓も休めたのは云うまでもない!まぁ、偉そうに云う必要もないけどね。。。そして、毎年思うけれど、酷寒のこの時季に停電になったらどうしよう。。。。それも数日。。。ありゃりゃ、死人が出ると杞憂(きゆう)する。震災や災害は無いに越した事が無いが、忘れた頃にやって来ると云うからね。。。ああ、桑原桑原!しかし、桑原なら雷か!(笑)

さて、おじちゃんの回顧録になるが、子供の時分の年末年始を思い出してみた。昭和三十年代初頭、両親は石川県から北海道に移住をし、田舎の大きな料理屋に父親は料理人、母親は女中さんとして住み込みで働く。往時は造林、材木、林業が盛んな町であり、鴻之舞(こうのまい)金山もありゴールドラッシュの様な栄えた町だった。当然、夜の飲食も派手に行われ、連日連夜飲めや歌えの大騒ぎで活気に満ち溢れ、料理屋には女中さんが沢山居て、そりゃそりゃ華やかな時代だったと云う。。。程なくしておじちゃんが産まれ、唯一の子供だから女中さん達に可愛がられ、何の不自由もなかった。洋服や靴、食べる物、おもちゃ、当時としては珍しい三輪車や足で漕ぐ車まであった。一階にあったレストランへ行けば、今では懐かしいステンレスのお皿にカレーライスやオムライス、足付きの銀皿でアイスクリームにサクランボ!

昭和三十九年、そう、東京オリンピックの時に両親は独立開業に至。営林署の職員、鉄道の機関区や自衛官が町に溢れ、店は大入り満員で繁盛したと云う。この年に三つ違いの妹が産まれ、両親は差し詰め「我世の春」状態だったのだろう!銀行、商店、農家や酪農の方々も元気だったらしく、一階の店では雑魚寝(ざこね)の飯場状態だった。麻雀をした形跡、食べ残された御馳走と呑み残しの酒で足の踏み場も無い。朝方、むくむくと起き出して出勤なんて珍しくもなかった。そんな惨憺(さんたん)たる店の中を通って小学校に行く毎日だったけど、密かな楽しみがあったのだ。。。それは、あちらこちらにお金が落ちているのよ!あはは、それは店内だったり、玄関前だったりね。。。見つけてどうしたかは想像に任せるが、楽しみに変わっていた事は言わずもがなである。

おじちゃんと妹の二人は二階に住み、母親の仕事の終わりを待つ日々。

「腹減ったなぁ。。。」「下は忙しそうだしなぁ。。。」と、こんな感じには、いつかしら慣れっこになっていた。香ばしい焼き物や天ぷらの得も云われぬ匂いが二階まで昇って来て、腹ぺこの二人に追い打ちを掛ける。それでも母親の階段を上がる足音が聞こえたら、そりゃ~もう~、パブロフの犬状態だったね!しかし、その足音を聞く前に寝落ちしていた事が多かったよ!

さぁ、年末年始ともなると普段以上に活気に満ち、店内は上を下への大騒ぎ!「忙しいのは嫌だ、暇になれば良いのに!」と、子供乍らに無い物ねだりして妹と待ちぼうけていると、おお、母親の足音が聞こえた!宴会の残り物かもしれないが、香ばしく焼けた鶏の足にレモンをかけて貪(むさぼ)る様に頬張り、トンカツに塩をパラッと振ってわしわしとかぶりつく!帆立や海老の焼いた物、大きな海苔に包まれたおにぎりに表情が緩み、思わず犬食い(一気食い)となる(笑)石炭ストーブは赤々と燃え、盥(たらい)からもうもうと湯気が上がり、窓硝子は凍てついて居た事を思い出す。

「おお、やっぱり忙しい方が御馳走にありつける!」と、全く勝手なもんである!

お正月ともなると気分は一新したものだ。大晦日には新しい青い下着(妹は赤い下着)を身につけ、御節料理が並ぶ食卓にほくそ笑む。家族なのに何だかあらたまった様な気持もあり、着物に割烹着(かっぽうぎ)の母親の顔は得々としたしたり顔。普段の忙殺された時間とは違って、母親がより身近に感じる瞬間でもあった。そして、食べ物屋だったから食べ物には恵まれたせいもあり、他に何も無くても幸せだった気がする。そして、もう二度と母親の足音を聞く事が出来ない。

何だか、筆に任せて書き綴ってしまったけど、おじちゃんも数え年で五十歳になる。「五十にして四十九年の非を知る」と云い、今まで世の為人の為に何が出来ただろうか。。。只、己の煩悩のままに過ごして来たんじゃないか。。。人に迷惑ばかり掛けて来た。。。全く情けないね。。。しかし、まだまだこれからでも様々な事が出来るはずだ!何が出来るか、大きな目標はないが、日々善行を積むしかないね!

さぁ~て、北海道はすっぽり冷凍庫状態、今なら氷点下15度くらいかな。。。窓硝子は外気との温度差で氷の花が咲いているみたい。そうだ、豚汁の残りを温めていっぱいやっか!星も凍る夜空を眺め、子供時代を懐古するのも酒肴(しゅこう)の一つだな!

お粗末様。


雪が鳴く!


小寒の名に相応しい酷寒の北海道は、まさに星も凍る夜!おまけに鼻毛も凍る!新年が明けて早くも七日、そう、明日は「七草粥」。お粥の最大の目的は、年末年始で酷使した胃腸を労り、合わせて春の七草を頂く事にある。まぁ、七草が揃わなくても、お粥は食べるべきだと思う。

さて、七日は玄関の注連飾り(しめかざり)を外し、分別をして15日のどんど焼き(お焚き上げ)に持って行ける様に仕分けする。昨年のお札や御守も一緒に入れて保管して置き、15日直前に歳神様の紙を外すのが習わしだろう。。。前後したが、11日は鏡開きだから、お供えした餅を下ろして頂くのが良いね!昨今は真空パック入りの餅が主流だから、大きくて皹(ひび)の入った鏡餅を見る機会が少ない。まぁ、パック入りは切り分け易く、調理し易い利点があるから重宝だよね!餅は焼いてからお汁粉にするのが一般的かな。。。

15日は「小正月」と云うが、古い習慣で「女正月」とも云いう。年末年始で働き尽くめの女性達は、ようやく15日になれば肩の荷が下りる。そこで、女性達だけで密かに正月祝いをすると云う俗説的な風習があるから面白いね!古い話し続きで云えば、16日は「薮入り」と云い、丁稚奉公(でっちぼうこう)に出されていた若い衆が実家に帰る事を許される時期である。したがって、15日の小正月と云うのは、一つの区切りや節目でもあるんだね!現在の世の中には当てはまらない事も多いが、商人も農家も暦に従って暮らした時代に隔世(かくせい)の感がある。

小寒から大寒を過ぎ、節分くらいまでが一年で最も寒さが厳しい。マイナス20度を下回る事も珍しくなく、踏み締める雪の音が違って来る。冷え込んだ日は、きゅっきゅっと締まった音で鳴いている様に聞こえるから、足裏からも耳からも寒さが実感が出来る。春先の雪解けになれば、ザクザクと云う大雑把な音がするので、長く辛い冬の終わりが実感が出来る。

まだまだ酷寒の時季を楽しめる達人にはなれないが、季節の移ろいを愛すと云う事は続けたい。冬なら視覚だけではなく、雪の鳴く音、肌に刺さる様な冷気、玉にならないサラサラの粉雪、凍り付く窓硝子、温かい食べ物の香り、そして、五臓六腑に沁み渡る燗酒の味は言わずもがな!あはは、結局は燗酒の話しをしたかっただけなのか。。。(笑)でもね、日々五感を活用していないと、生活に減り張りを失いがちになる。それでなくとも、おじちゃんみたいな仕事や生活をしていると尚更ね!そんでもって、第六感も働かなくなるよね!

呟きにも書いたけど、小寒に合わせる様にあっさり味の豚汁を作った!透き通る大振りの大根は下茹でしてから加え、彩りの人参、煮崩れしそうな北あかり(ジャガ芋)、脇役の突き蒟蒻、ぷるぷるの豆腐、甘みの玉葱、北海道産の甘みのある豚バラ、そして、無くてはならぬ存在の牛蒡の滋味深い味。摺り下ろした生姜、刻んだ葱、七味をヒリリと利かすのが美味い!厳寒のこの時季、心も体も温まるのは云うまでもなく、五感も喜び、脳まで活性化される様だぜ。。。あはは、ちょいと大袈裟かな。。。(笑)

反射式ストーブの上に乗せた薬缶からしゅっしゅと湯気が立ち上り、お湯が沸くだけではなく乾燥も防げる。しかし、直ぐ燗酒をつけたくなるのは困り者。。。あはは、おほほ、それでいいじゃないか。。。さぁ、豚汁を温めていっぱいやっか!

おおそうだ、17日は阪神淡路大震災の日だな!もう、何年経つのかな。。。復興は済んだのだろうか。。。

皆様も大雪や暴風、冷え込みにも充分気を付け、どうか御自愛下され!
あらたまの年の初め、近年に無い暖かな松の内。

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皆様、明けまして おめでとう ございます。
今年もどうぞ宜しくお願い致します。今年の恵方は「南南東」。

さてさて、皆様はどんな正月をお過ごしかな?

「もう、呑んで食っての寝正月だよ。。。」
「大晦日も夜勤だから、年越しは職場で。。。」
「いやいや、年末年始は休み無しだよ!」

住んでいる場所、職業や環境により、そりゃ様々だよね!様々と云えば、日本全国津々浦々で「お雑煮」も特徴的だよね!そしてまた、お正月の儀式や習慣も様々で興味深い。北海道のお雑煮事情と云えば、鮭やいくらが思い浮かぶが、何せ面積が広いから一口には云えないところ。。。餅は四角か丸なのか、焼くのか焼かないのか、出汁は昆布なのか鰹節なのか、味付けは塩なのか醤油なのか、そして無くてはならぬ具材は何か?そもそも北海道は東北や北陸からの入植者が多いし、お婆ちゃんが何処から嫁がれたかによっても変わる。また、おらの町では昔からこうだと云う習慣もあるね。。。こりゃ、大変な種類に及び、収集の付く話しではないね!

話しが逸れるが、北海道は大晦日に御馳走を食べる習慣が根付いている気がするね!そう、年越しに重きを置く傾向にあるが、正月は正月で新たに御祝いするから面白い。北海道民は御祝い好きなのか、それとも、只単に飲み食いが好きなのかは不明(笑)

そこでだ、おじちゃんの家の習慣を少しだけ紹介しよう。今は亡き母親が元旦の朝、何はさておき「いの一番」で行っていた習慣があり、それは小鉢に梅干しを入れ、白湯(さゆ)を注ぐ物がある。

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これは家族銘々の分だけ作り、その年の恵方(今年は南南東)を向き乍ら無言で食べて飲み干すと云う儀式がある。もう、子供の時からなので、かれこれ40年以上は続いている事になる。古来日本では、元旦の朝には若水で口をすすぎ、若水で顔を洗うと云う伝統がある。白湯はこれとも違う趣きだけど、体に温かい物を入れて眠っている臓器を起こし、新陳代謝を促す目的があるはずだ!梅干しはどう云う意味なのか未だ不明だけど、きっと母親が考えた事なので素直に従っていたのかもね。。。確か、「無病息災」を願っていたはずだからね!

「これを飲めば、一年間は病気や怪我をしないよ!」と、得々とした顔の母親を思い出す。。。したがって、母親亡き後も受け継がれ、今年の元旦にも飲んだのよ!まぁ、押し並(な)べて紹介する程の事でもないが、おじちゃんの家の伝統と云う事で。。。


そして、母親は御幣(ごへい/縁起)を担ぐのが好きだったし、その遺伝子はおじちゃんの体に脈々と生き続けているのは間違いない。食い道楽と着道楽までしっかり受け継いだのは御愛嬌!(笑)増して五体満足で丈夫な体に産んでもらった事は、今更乍ら感謝しきれないし、考えただけで胸が熱くなるよな。。。

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そんじゃ、我が家の雑煮!と、云っても、おじちゃんが作っているんだけどね。。。昆布出汁に塩と醤油の薄味お澄まし仕立て、餅は四角で焼くのが好きだな~!具材は三つ葉のみで柚子を一切れの質素な雑煮だなぁ。。。これじゃ雑煮とは云えないかも。。。(笑)水っぽくてズルズルな餅ではなく、しっかり粘りのある餅を美味しく食べるのなら理に適っているはずだろう!あはは、多少強引な解釈だね。。。しかし、香ばしく焦げ目の付いた餅が温かい出汁の中でトロリとなり、三つ葉の瑞々しさと柚子の香りが秀逸である!ああ、正月と云う気持にさせてくれ、同時に「一陽来復(いちようらいふく/冬から春へ)」と期待が高まる瞬間でもあるから不思議だ!そして、御神酒を口に含めば、旧年中の胸底に溜まった暗い澱(おり)も静かに溶けて消え去るようだ。。。むふふ、官能的でもあるな!

ところで、世の中の全ての人に黙っていても寝ていても大晦日や正月が訪れる。しかし、住む所や仕事の無い人が多いし、必ずしも喜びに満ち溢れている訳ではないのは言わずもがなである。それでも、「順境にあって自己に溺れず、逆境にあって自己を見失わず」と云う事を胸に刻みたい。そして日々、小さな善行を積みたいと併せて思う。思い遣りと譲り合いのある世の中になって欲しいと年頭の星空に願う。

果たして、今年の恵方の南南東から福はやって来るのか。。。