ツイッターのお笑いうんたらの続きから。
ステージ後の点灯式に出るのか問題。
これは事前に聞いておきたかったことで、
当事者も分からないという状況の中、
結果、出る!ということになったので、
それまでお話タイムになりそうかねな感じの中にいたけど、
スッと踵を翻し、ステージに向かったわけだ。
ただでさえもう人だかりが出来てしまっていて、
1秒の遅れでステージ上が見えなくなってしまうからだ。
自分で言うのもアレだが、今日に関して言えば、
ステージへの熱意という点で、自分が間違いなく一番である。
早すぎだろってくらい早くから準備をして、
(先日のお笑い芸人の集客力にビビって、
今日の赤and青に恐れをなしていたから)
ステージ後の点灯式への参加も、
その意識ゆえにすぐに客席へと再び向かわせているわけだ。
そもそも点灯式の順序が謎で、結果から言うと、
セレモニー(赤青なし)→赤青ステージ→点灯という流れだったと思われる。
(途中で移動したので不明)
セレモニー終わりで初めて、赤青動画禁止のアナウンス。
そこに至るまで30分ひたすらジッと待ち続けていた先のコレである。
他の人はというと、再度ステージに向かった人は他に1人、後はいたのだろうか。
大部分がステージには向かわず、裏で演者たちとのお喋り会をしていたのだろう。
実際、こっちが1人でステージを待ってる間も、その光景が視界に入ってきた。
当たり前のことを言うが。
彼女らと話しているのと、
1人でステージを待ち続けて耐えるのと、
どっちが楽しいと思う?
僕でも即前者と答えるくらいにバカな質問だ。
楽しい楽しい時間を犠牲にしてまでも、
前述した熱意ゆえに僕はステージに向かってるわけ。
ステージを見ようという気があるなら、これは当然のことだと思う。
でも他の人間はそれよりも今目の前で話すことを選び、
そしてそれが迎合されてしまってるわけだよね。
これがまさに屈辱的であるということ。
こっちだって話したいに決まってるでしょ。
ただでさえ前回のことがあんだから、
今日は少しでも話せたらいいなと思ってたのは言うまでもなく。
でもね、ステージに出るっていうなら、それを見る準備をしに行くべきじゃないの?
僕だって残って話したかったよ。
その準備をするより話してる方が楽しいに決まってる。
それを文字通り犠牲にしてでも、ステージを見なければと諦めたわけ。
その結果突き付けられたのが動画禁止。
これはしょうがない、仕方のないこと。
いやOKにしろや!と思ってるけど。
動画ダメでも己が眼で見ればいいじゃない、んで実際に見た。
何しろこの後にサンシティでの別ステージがあるわけです。
仲間であり、後輩たちの大切なステージがあるわけ。
時間的にも移動するには余裕があったわけだ。
しかしこの点灯式出る問題が発生したため、
その時間は一気に失われ、
サンシティに間に合わせるためには絶対に途中で移動しなければいけない状況。
そんな中、ギリギリまで待って、
何とかステージ上に出てくるとこまでは見れて、そこから移動した。
その後、点灯の瞬間にも出るかもしれないが、
出るかどうかも不明で、サンシティのステージがあるのに残るわけにはいかない。
今日のサンシティは、いつも一緒に出ているお姉さん達がツインシティに出てるため、
年少メンバーのみでの出演という、今までもほぼない、初?な試みである。
学年的には上から2番目だと思うけど、経験値と総合して考えると、
引っ張っていくのが、なのゆいになるわけで、
世代が受け継がれていくという大切なステージである。
これを見ないでツインシティに残るというのは、
いかに死ぬほど「ゆめさき」が好きな自分でもあってはならないということだ。
だからツインシティの点灯に出ると事前に確定していたとしても、
後輩達の特別なステージを見ないという選択肢はあってはならない。
それでもギリギリまで、
そもそもセレモニーが1620までやって、
赤青のステージが始まったのが1625だからどうにもならない。
赤青ステージにクロイツが出たのが1635よ?
もうギリなのよ、サンシティが1700からだから。
1638に会場出て、サンシティ着が1648だった。
だから別に自分の行動を後悔してるわけでもなく、
限られた中で考え抜いて最も適した行動はしていたと思う。
じゃあ何が焦点なのよって話で、話は戻るが、
こっちは点灯式ステージ見るために再度客席に戻り、
たった1人でジッと待ち続けている一方で、
楽しくお喋りして、それが迎合されているという現実である。
これを単純に勝ち負けで言うなら、
楽しくお喋りしていた人間は勝ちで、
ひたすら1人で待った挙句、
動禁で全て無意味になった自分が負けである。
とにかくね、この対比がさ、本当に虚しかった。
分かる?自分がこの時感じていたこの虚しさ。
話したかったよ、特にもう今年最後かもの子もいたので。
。
ひたすらに虚しい、そして悲しい。
そして究極的にアホらしくなった。
自分は何やってんだろ。
ステージに向けて行動してることが、
何でこんな逆方向に作用しなきゃいけないの?
少なくとも今日は誰よりもステージに向いてたつもり。
その結果がコレだよ。
これらの思いを、
「そんなことでw」
「めんどくせーw」
で終わらせるなら、それはそれですればいい。
残念だけど、それで終わることでもあるからね。
でも自分はそうじゃない。
今日に限ったことではなく、こんなこと今までも何回もあった。
でも表に出さなかっただけ。
それこそ、「こんなことで」と自制してきたからだ。
恐らく自分の中に積もり積もっていたものが、
今日爆発的なスイッチとなって、流れ出てきたのであろう。
ちなみに自分は「めんどくせえ人間」である。
これは長く自分を知ってる人達からすれば周知の事実であるが、
知らん人もいるだろうから一応記述しておく。
まーたリックさんのお気持ち表明が始まりましたよー、てやつ(他の人に言わせるとね)
じゃ何でお気持ち表明するかっていったら、
(話がそれ出したけど)
そもそもこの手のは全てブログに書き綴っていたのだが、
現場も行かなくなり、とある理由+面倒になってきたので、やめてしまった。
かといって、この量をツイッターに投じるというのはある種テロ扱いされても仕方ない。
短文礼美の文化圏なのであるわけだから、郷にシステム発動で、
当然自分もそれは納得であり、長文はブログでやれ!は完全同意。
それがここに投じてるのは、勢いと書き殴ってる感情の超新星的爆発によるものだからだ。
もっと冷静化すれば多少の推敲もした上での記録となるが、
もはやそういう次元じゃねえんだよ今の自分の絶望はよ!!ってことだ。
話を戻して、お気持ち表明するのは、
それだけ自分が対象物に対してどうでもよくないと思っているからに他ならない。
どうでもよかったら、マジでどうでもいいので、どうにでもなれやで終わってる。
読んで字のごとし、「気持ち」があるからだ。
虚しさも、悲しみも、怒りも、絶望も、
「気持ち」のバリエーションだ。
ある種、その到達点が、「アホらしくなった」。
これは、言い換えれば、無駄、無意味、
そして「どうでもよくなった」という終着駅なのである。
それが自分の中に生まれ出てしまったということ。
これは自分でもショックを隠し切れない。
タイミングというのは恐ろしい兵器である。
これが良ければ万事が無事、またそれ以上の結果をもたらし、
悪ければ何もかもが失敗に向かい、
ありもしないはずの悪影響が幻想の中から実体化してしまう。
今日はこのタイミングが最悪レベルで悪かった。
何もかもが嚙み合わず、全てをマイナスに追いやった。
ただそれだけのことなのだ。
しかし、それだけのことがトラばさみのように鋭く足に食い込む。
今日感じて「しまった」ことは、実際には存在しない蜃気楼のようなもので、
自分の中にあると錯覚しているだけなのかもしれない。
しかし内部に発生した感情に対して、
嘘であるとなだめようとすることこそが歪曲。
偽ることの出来ない、真の心情なのだ。
肝心要のステージ本編は、自分の想像以上に素晴らしいものだった。
今見せられる側面の中でも、かなり特殊な寄り方であったが、
背景、環境、全てを統合しても、
今年最後の地元のイベントとして最高のステージだったことは明白だ。
この時間のために朝から準備してきて良かったなと心から思える。
長々と書き連ねてきた負の感情は全て蛇足であると、
自ら一刀両断出来てしまうほどに。
そもそもクソ長い文章をここまで読んでいる人がいるかも不明だが、
残念ながらこれは分かってもらえないだろう。
なぜなら、だからこの状況になってるからだ。
共感者を探しているわけではない。
しかし、こういう思いを抱いている人間がいるということは、
知っては欲しいかなという、小さな終焉。
さすがに長すぎるので、ツイッターではなく結局ブログにした。