こんにちは![]()
ご無沙汰しております。
別のお仕事が忙しかったため、ブログの投稿ができませんで、失礼しました。
自愛週間は、試してみたでしょうか?
自分の感情も気持ちも、そのまま、ジャッジメントせずに、すべて「肯定」することが、自愛という自己受容です。
この自己受容ができていけばいくほど、親子関係が良くなり、子どもは自立します。
親自身の仕事やキャリアアップ、パートナーシップも良好になります。
さて今日は、
子どもが他人と比較されて落ち込むとき について
語りたいと思います。
比較じゃなく、
存在そのものを信じたいあなたへ。
「子どもが他人と比較されて落ち込む時」
――これは“わたし”を
見つめ直す時間かもしれません。
子どもが他人と比較される状況に、落ち込みを感じる姿を見ると、親として胸が痛むことがありますよね。
「どうしてこんなに頑張っているのに、誰かと比べられなければいけないのだろう?」と、、、
自分のことのように悔しく思うこともあるでしょう。
でも、ふと思うのです。他人と比較してしまうのは、私たち大人自身もよくしていることではないでしょうか?
🔸比較は誰のため? 🔸
「○○ちゃんはこんなことができるのに、どうしてうちの子は…」と心の中で思った経験はありませんか?
それは決して悪意があるわけではなく、むしろ子どもの将来を心配しているからこそ出てきた感情だと思います。
でも、その瞬間に子どもは敏感に察します。「僕(私)は誰かより劣っているのかな?」と。
比較は成長のきっかけになることもありますが、度が過ぎると自信を削る要因にもなります。
特に、不登校の子どもたちは他人の目や言葉に敏感で、自分を守るために「何もしない」という選択を取ることもあります。それは怠けているのではなく、心を守るための精一杯の防御なのです。
🔸子どもの視点を想像する🔸
子どもにとって、「自分が他人より劣っている」と感じることはとてもつらいことです。それが親や先生など、自分を大切に思ってほしい人たちからの比較であればなおさらです。
では、どうしたら子どもが自分を大切に感じられるようになるのでしょうか?
その鍵は、子どもの「ありのまま」を見ることです。
子どもが持っている特性や個性を、そのまま認めてあげること。たったこれだけです。
例えば、学力や成績ではない「○○の話を聞くと元気になる」「○○の描いた絵には独特の優しさがある」といった、他の誰とも比べられないその子らしい魅力を伝えましょう。
私自身、近所の子と比較され、◯◯ちゃんはできるのに…なぜあんたは…と言われるたびに、小さくなってく自分を感じていました。
我が子にはそんなことしない、と誓った私は、幼い息子を無条件にただひたすら褒め続けました。この幼い頃に褒めていたことがあったから、不登校を経験してもその後の人生を開拓することができたのではないかと思いました。これが人としての自尊心の土台の重要性と思っています。
毒親に育てられた私が、もしかしたら同じように毒親になって,貶して馬鹿にして、褒めずに、罰してばかりだったとしたら?息子は、今会社勤めができていたか、コミュニケーションが取れて,友達ができていたか定かではありません。
🔸子どもに伝えたい「他人と違うことの素晴らしさ」 🔸
私たち大人も、他人と違う部分があるからこそ輝けることを知っています。それを子どもにも伝えることができたら、「他人と違う自分」に対する誇りを育てることができるかもしれません。
例えば、「○○ちゃんができることも素晴らしいけれど、あなたの持っている○○は本当に特別だね」と伝えてみる。
そんな小さな声かけが、子どもにとって大きな安心感になるのです。
褒められたら誰だって嬉しいものです。でも,親は褒められることに慣れておらず、受け取り拒否をしてしまいます。ましてや、個性が違うことにたいして、大人たちは少々敏感になっていますよね。
没個性で育った親が、個性そのままで生きていい子ども達を育てるなんて、時代背景の基準が違うため、親は大いに迷うことになります。
人は自分の経験則でしか、判断できませんからね。親は大人の状態で、現在の時代背景を計りますがから、子ども目線になっていても、頭の中は親が子どもだった時のままでしか見ることができません。常に親は時代に、踊らされるのです。。。
🔸親も自分を比較しない練習を 🔸
最後に、親である私たち自身が、自分を他の親と比較しないことが大切です。
「他の家庭ではこんなふうにしているのに」「私のやり方は間違っているのかな」と不安になる気持ちはよく分かります。
でも、自分を責めている親の姿を見ると、子どもも同じように自分を責めてしまいます。
だからこそ、「自分の子どもが持っている強さや優しさを信じる」「私は私なりのやり方でサポートできている」と、自分を認めてあげることが、結果的に子どもへの安心感にもつながります。
そう思うことができるのが、自己受容であり、自己肯定感の先にある自己効力感です。これが自分を無条件に信頼する基盤となり、自分軸と呼ばれるものになるわけです。
親に自分軸がないと、周りに合わせたり、外側の環境や出来事に答えを求めようとしてしまいますね。
その生き方自体否定はしませんが、自分軸で自己信頼のもと、決断できることがどれほど、人生を楽しく自由に生きていけるか、そして幸せであるか。これに尽きると思います。
🔸比較を超えた「ありのままの価値」を一緒に探そう 🔸
子どもが他人と比較されて落ち込むとき、その言葉に傷つきます。でも、それ以上に必要なのは、「誰とも比べられない自分らしさ」を親が見つけ、伝えてあげることではないでしょうか。
何もないではなく、存在が素晴らしいわけです。
「あなたはそのままで素晴らしい」
その一言を、毎日少しずつでも届けていきましょう。
もしも,そうは言えないのでしたら、親が親である前に人として、自分自身をないがしろにしているからだと思います。
繰り返しになりますが、人は自分が経験した事でしか、考えることができない生き物です。褒められたことがないと、なかなか他人を褒める事に抵抗を感じてできません。
幼い我が子だったらできるかもしれませんが、意思を持ち始め年齢を重ねていくと親子の意見の食い違いが生じます。子どもの意見を受け入れることができないかもしれません。それでも無条件で肯定すること、子どもが意見が言えることを、成長として褒めることができるなら、親が自分をないがしろにはしていない基準になると考えます。
親が自分の存在を無条件にOKしているか、していないかで、子どもへの対応が変わります。私の経験上そのように分析しました。
私たち親も、子どもと一緒に「比較の枠」を越えた新しい価値観を探していけたらいいですね。
大人は、生きる術のために、たくさんの思い込みという価値観を抱えています。これらの思い込み、古い価値観がなくなっていくと、比較もなくなるとおもいます。
今日も読んでくださりありがとうございました😊
