民主主義→善
独裁制→悪
誰が決めたかこのドグマ。
とてつもな民主的なワイマール憲法の下で国民の拍手喝采を浴びて登場したのがアドルフ・ヒトラー。忘れたわけぢゃないですよね。民主主義は時として、こういう化物をも生む。
古代ローマ帝国は、王制→共和制を経て、帝政に行き着いた。一種の独裁制ですよね。とはいえ、アウグストゥス、ティベリウス、クラウディウス、ヴェスパニアヌスなどの優れたリーダーを得て、繁栄しました。意思決定のスピード、改革の徹底など、独任制ならではのものでした。プラグマティズムですね、理念に拘泥しない。
もちろん、ネロ、カリグラなど阿呆もいましたが、暗殺というドラスティックなチェック機能により排除されました。たとえドラスティックな方法でも、チェック機能が正常に働く独裁制と、チェック機能があるようで無い民主主義とどちらが合理的かつ現実的なのかなぁ?
米朝首脳会談もその成果は、大気圏の彼方に置いておくとしても、トランプくん氏というバカが強い権力をもつことによってはじめて実現し得たのだろうなぁ、と思うのですが。
掛けそば、もり蕎麦で時間を浪費しているばかりのあの国はどうなん?
何か非難されるとすぐカチンと来るけど、ミサイル飛んでも断固非難するだけのあの国のリーダーは?
古代ギリシアの民主制が、理念に拘泥し、議論のための議論に終始したことで、繁栄が短命に終わったことから学ぶべきことがあるんぢゃね?
与党の皆様も、対案なしの批判だけの某珉珉餃子の皆様も。
塩野七生センセ、どうお考えですかね?