母親の次の縁談はいわば妥協に妥協を極めた産物だった。
前回の出来事の後に、母方の祖母が昔付き合いのあった友人と久しぶりに会って話したらしい。
そうするとお互いの子供の話になって、お互いに行き遅れた三十路近くの子供の話になったらしい。
どういう状況だったかは伝え知ってはいないが、お互いの子供を見合いさせようということになった。
その友人は、戦後の復興期に運送業の小さな会社を立ち上げて、運転手兼社長をやっていた。
その友人の息子は、歌が上手かったらしく、歌手になりたいという夢を持っていたが、東京に出て挫折して戻ったらしい。
郷里に戻った後は、高校時代に親に言われて取った大型免許を活かして、父親の仕事を手伝っていたらしい。
母親は、銀行の勤務を通じてホワイトカラーの仕事をしている人に好意を持っていた。
そのため、ブルーカラー臭たっぷりのこの縁談には興味はなかったらしい。
しかしながら、前の縁談を断って、自分の母親からの怒りを食らったため、
乗り気ではないところを無理やり自分を曲げて、家庭の意向に合わせようと無理を続けていたらしい。
また後で詳しく書いていこうと思うが、精神を病んだ母親は、論理的なものよりも呪術的なものを信仰というのか信用するようになっていった。
乗り気ではなかった縁談話を突きつけられて、いやだいやだと思っている中で、夜空にぽっかり浮かぶ満月が目に入ったらしい。
その満月を見て、「今度会う人とは結ばれなければならない運命なんだ」と思ったらししい。
論理的に考えれば、月の満ち欠けなどは一月周期で巡ってくるのだから、たまたま満月の日だったというだけに過ぎないと思う。
しかし、精神的に追い込まれた人は、非論理の世界に自分の身を寄せて行き、非論理の世界に安住して自分の精神を安定させるのだと思う。
母親はそれを見たことで、自分の意にそぐわない縁談を自分のものとして納得させようと腹に落とそうとしたらしい。
その上で何度かデートをして、落ち着くところまで行ったらしい。
次は結婚かというタイミングで、両家が集まった時、衝撃の事件が起こった。
「◯◯さんを私に下さい」
当時のプロポーズの言葉だが、縁談の相手から聞いた言葉ではなかった。
その言葉は、母方の祖母の友人、つまり、義理の父親、さらに言うと私の父方の祖父から発せられた言葉だったのである。
その時、肝心の縁談の相手はというと、社長である父方の祖父の命令でどうしても外せない仕事をさせられていたようだ。
母親はこの上ない失望を味わうものの、母方の祖母との約束もあり、渋々申し入れを受け入れたようだ。
縁談で結婚したものの、母親にとっては父親は物足りない相手だったようだ。
そもそも父親は母親を必死になって口説き落としてくれた訳ではななかった。
父親は、優しい性格、もっと正確に言うと、お人好し、いや、自分を持っていない正確だったので、
親がこうやれと言うと、何一つ自分の意見を言わず、ハイハイ言うことを聞いていた。
父方の祖母は、母親にバリバリ仕事を手伝ってもらって欲しかったらしく、大型免許を取って運転手をやって欲しいと言っていたらしい。
しかしながら、母親はこうした意志薄弱な旦那との結婚生活が面白くないと思っていたため、一切興味を持たず、言うことを聞かなかった。
また、もう一つ新婚生活をこじらせる要因がある。ご想像の通り、嫁姑関係だ。
私の家の嫁姑関係は、つまらない理由からめんどくさいことになっていた。
そもそもこの縁談を持ってきたきっかけは、父方の祖父が結婚する以前、それこそ二十歳になるかならないの時に、
母方の祖母に片思いしていたためだったようだ。そのため、父方の祖母は面白くないと思っていようだ。
嫁に対して何か面白くないことがあると、「妹が気違いのくせに」と言って母親を否定していたようだ。
父方の祖母が母親をなじると、父親は一緒になって母親をなじっていたようだった。
母親が私を身ごもっていた時に、父方の母親が、母親にとても重い荷物を持たせようとしたらしい。
「気違いの子供はいらない!」と父方の母親は言ったらしい。しかし、それはすでに統合失調症にかかっていた母親が言ったことだから真偽のほどはわからない。
そう言わせるくらいの何かがあったのだろう。母親は新婚生活に不満がたっぷりだったようだ。
母親は離婚したくてたまらないようだった。
私が生まれて物心が付かないころ、両家の両親に離婚したいと説得しにかかったことがあったらしい。
私を引き取ってシングルマザーとして育てていく。家は公営のアパートに入ってタイピストとして独立して生計を立てていく。
その計画が現実的だったかどうかは、親戚の話を通してでしか聞いていないので、真偽のほどは分からない。
しかしながら、両家の親、とりわけ自分の両親、むしろ母方の祖母からは、「メンツを潰す気か!外聞が悪い!」と一括して無理やり言うことを聞かせていたようだ。
そうしたことを繰り返したせいか、いつの間にか母親は統合失調症に罹患してしまったようだ。
物心ついた私には、この統合失調症に罹患したおどろおどろしい母親の姿ばかりが記憶されることになる。