朝太朗のブログ -22ページ目

朝太朗のブログ

毎日の更新はしません、書きたいとき適当に書いてます。
もう一度、阪神タイガースリーグ優勝&日本一を望んでます。

1989年3月5日(日)


彼は生まれた


名前は、孤高のステイヤー

ライスシャワー


父はアメリカ生まれのリアルシャダイ

*2004年没


母は日本生まれのライラックポイント

*ライラックポイントのお父さんは、スーパーカーの異名をもつマルゼンスキー


彼には関東の刺客という別名もある


それは他馬の連覇を阻止するからである


競馬ファンであれば知っているはずだ


中央競馬会の二冠馬・JRA賞最優秀3歳&4歳牡馬だったミホノブルボン


のクラシック三冠を阻止


菊花賞・宝塚記念・天皇賞(春)を優勝したメジロマックイーンを阻止


関東の刺客というにはピッタリだろう


YouTubeのライスシャワーを嫌いになった2レースを参照してもらえば阻止したレースが見れる


彼の背中に乗るのは、的場 均

*現在は調教師


raice


1995年1月17日(火)5時46分


阪神・淡路大震災が起きた


もちろん阪神競馬場も大打撃を受けた


hanshinkeibajyo


あの阪神・淡路大地震がなければその年の第36回宝塚記念を阪神競馬場で疾走するはずだった


しかし場所は京都競馬場へ変更


kyotokeibajyo


京都競馬場・・・彼は得意な競馬場だった


でも本当は天皇賞の疲れがあったため放牧予定だったのだ


これも運命だろうか・・・ファン投票で1位


得意な京都競馬場のため出場することになった


いよいよスタート


最初のコーナーで的場は、ん?おかしいぞと思ったらしい


勝つことはやめて兎に角、慎重にレースをしようと決めた


しかし、悲劇は突然起きてしまった


第3コーナー下りにさしかかる


一瞬、彼が起き上がった


的場は中腰から彼の背中に尻から乗っかった


そのせいで的場が前のめりで振り落とされた・・・落馬である


が、それ以上に彼に異変が起こった


一回転しながら彼は起き上がったのだ


痛い・痛い・・・そう聞こえてきそうだった


うわ~、嘘やん


思わず声が震えた


TVでは彼らのことはゴール後に映すことに・・・


遂に彼は横になってしまった


涙が止まらなかった


神様・お願いします。彼を

助けてやってください。


両手を握りしめ祈るだけだった


私の願いは神様には届かなかった・・・


診療所まで運ぶ手立てはなかった


彼の周りに慢幕が張られた


もうそれは死の宣告


彼の7歳という短い生涯が終わろうとしてることを意味するのである


安楽死


川島厩務員は手綱を握ったまま泣いたという


ありがとう、ライスシャワー


私はあることを決めた


彼の分まで幸せになろうと・・・


彼が亡くなった16日後に婚姻届けを出した


あれから21年


彼はいまどこで走っているんだろうか


美浦トレセン?


故郷のユートピア?


未だ実現できてないけど京都競馬場の記念碑を訪れたい


21年経ってもまだなのか?


と思われるが、まだ決心できてないのが本音なのだ


いまブログ書きながら涙を流し書いてる自分がいる


それほど思い入れが強いのだ


でも、生きていたらどんな子供たちが生まれたんだろうなぁ・・・


見たかったなぁ


monument