1989年3月5日(日)
彼は生まれた
名前は、孤高のステイヤー
ライスシャワー
父はアメリカ生まれのリアルシャダイ
*2004年没
母は日本生まれのライラックポイント
*ライラックポイントのお父さんは、スーパーカーの異名をもつマルゼンスキー
彼には関東の刺客という別名もある
それは他馬の連覇を阻止するからである
競馬ファンであれば知っているはずだ
中央競馬会の二冠馬・JRA賞最優秀3歳&4歳牡馬だったミホノブルボン
のクラシック三冠を阻止
菊花賞・宝塚記念・天皇賞(春)を優勝したメジロマックイーンを阻止
関東の刺客というにはピッタリだろう
YouTubeのライスシャワーを嫌いになった2レースを参照してもらえば阻止したレースが見れる
彼の背中に乗るのは、的場 均
*現在は調教師
1995年1月17日(火)5時46分
阪神・淡路大震災が起きた
もちろん阪神競馬場も大打撃を受けた
あの阪神・淡路大地震がなければその年の第36回宝塚記念を阪神競馬場で疾走するはずだった
しかし場所は京都競馬場へ変更
京都競馬場・・・彼は得意な競馬場だった
でも本当は天皇賞の疲れがあったため放牧予定だったのだ
これも運命だろうか・・・ファン投票で1位
得意な京都競馬場のため出場することになった
いよいよスタート
最初のコーナーで的場は、ん?おかしいぞと思ったらしい
勝つことはやめて兎に角、慎重にレースをしようと決めた
しかし、悲劇は突然起きてしまった
第3コーナー下りにさしかかる
一瞬、彼が起き上がった
的場は中腰から彼の背中に尻から乗っかった
そのせいで的場が前のめりで振り落とされた・・・落馬である
が、それ以上に彼に異変が起こった
一回転しながら彼は起き上がったのだ
痛い・痛い・・・そう聞こえてきそうだった
うわ~、嘘やん
思わず声が震えた
TVでは彼らのことはゴール後に映すことに・・・
遂に彼は横になってしまった
涙が止まらなかった
神様・お願いします。彼を
助けてやってください。
両手を握りしめ祈るだけだった
私の願いは神様には届かなかった・・・
診療所まで運ぶ手立てはなかった
彼の周りに慢幕が張られた
もうそれは死の宣告
彼の7歳という短い生涯が終わろうとしてることを意味するのである
安楽死
川島厩務員は手綱を握ったまま泣いたという
ありがとう、ライスシャワー
私はあることを決めた
彼の分まで幸せになろうと・・・
彼が亡くなった16日後に婚姻届けを出した
あれから21年
彼はいまどこで走っているんだろうか
美浦トレセン?
故郷のユートピア?
未だ実現できてないけど京都競馬場の記念碑を訪れたい
21年経ってもまだなのか?
と思われるが、まだ決心できてないのが本音なのだ
いまブログ書きながら涙を流し書いてる自分がいる
それほど思い入れが強いのだ
でも、生きていたらどんな子供たちが生まれたんだろうなぁ・・・
見たかったなぁ



