かなりひさしぶりのブログ更新です。
実は私、再び猫を飼い始めました。
昨年の9月初旬から。
名前は、鐵三朗 (てつさぶろう)
推定1歳半の男の子
時代劇『鬼平犯科帳』に由来しています。
自分の好みで漢字表記を二文字変えたけど、
わかる人にはわかる名前。
放蕩無頼で暴れん坊だった頃の
長谷川平蔵の幼名「銕三郎」
からもらいました。
 
一昨年の9月に愛猫マーヤ (享年19) を亡くし、
もう猫は飼うまいと決めていたものの、
やはり猫がいない生活には違和感しかなくて。
もし再び飼うならば、ペットショップからは
購入しないとも決めていました。
そして、マーヤを亡くしてから約1年後、
縁あって新たに猫を迎えたのでした。
 
ちなみに、保護猫時代の仮名はイッセイ。
たまたまネットで里親募集の記事を見ていて、
「猫でイッセイ?黒スモークってどんな毛色?」
と思ったのが、この子が気になったキッカケ。
ジャズトランペッター五十嵐一生さんの大ファンなので、
「いっせい」という名前に思わず反応してしまった(笑)
気難しそうで、どこか寂し気な目つきも気になってしまい。
※保護主さん曰く、俳優の高橋一生さん由来だそうです。
 
鐵三朗と命名したものの、「てつさぶろう」だと
何となく呼びにくいので、「てっちゃん」と呼んでいます。
 
保護猫ボランティアさんが保護したほぼ人馴れして
いない元野良猫を譲り受けたので諸々大変だったけど、
根気と愛情でだいぶ馴染んできました。
うんちをすると「出たよー」と鳴いて知らせるし、
朝も夜も「お腹空いたー!ごはーん!」と鳴きます。
ごはん催促の鳴き方がハンパない食いしん坊です(笑)
 
最近は、「かまってよー!」と鳴くこともあります。
威嚇しまくり、唸りまくりのワイルドキャットから
いつの間にか甘えん坊キャラに変貌したものの、
すっかり馴染むまでにはまだまだ道のりは長そう。
焦りはまったくないので、鐵三朗のペースに合わせて
根気よく付き合っていけばいいやと思っています。
ケージが自分のテリトリー(=安全な場所)という
認識からか、抱っこされてるかケージ内にいるかの
二択なのだけど、ここ最近はケージの前をうろうろ
歩き回るようになってきたので、自由に部屋を歩き
回れる日もそれほど遠くはなさそうな予感。
今はケージを一歩出るだけでやたらビクビクと怯えて、
歩く姿も恐る恐る・・といった感じなのだけど。
危険なことは何もないはずで何に怯えてるのかは不明。
きっと野良猫時代に怖い思いをたくさんしたんだろう
なぁと思っています。
 
気難しくて我がままで、自己表現が下手くそすぎる
不器用な子だけど、可愛くて仕方ないです。
「僕は愛されてる」と認識してくれてるみたいで、
遠慮なく思い切り我がままを言ってくれます(笑)
うん。やっぱり私は、猫が好きなのだ。
月曜日は、いぶきさらさライブに初参戦!
(あ、別に誰とも戦ってませんけどもw)
 

2016年秋のツアー ”風が変わりて、いぶきも豊か”

 

お店は、大塚 All in Fun
居心地のよい、雰囲気のいいお店でした。

 
日本語っていいなぁ・・。日本人でよかったなぁ・・。
と、しみじみ思わせてくれる、ゆるりとした穏やかなオーラを放つ
ユニットでした。
このユニットのオリジナル楽曲は日本語詞なのです。
とても丁寧に言葉を紡ぎ、言葉を大切にしてる。
伊藤大輔くんの透き通るような美しい声の響きと、山田さんが奏でる
ノスタルジックな鍵盤ハーモニカの音色が相俟って、何とも言えない
懐かしさを感じずにはいられなかった。
そこが “いぶきさらさ” の魅力なんだろうなぁ・・と思ったり。
 
昭和歌謡メドレーも、めっちゃツボだった。
特に、尾崎紀世彦の「また逢う日まで」がめっちゃツボ。
別れの曲ゆえ哀愁漂う歌詞なのに、なぜかコミカルに変貌してた(笑)
あれ?この2人って、お笑い芸人だったっけ?と、時々錯覚しちゃう。
思わぬタイミングで色んなネタが飛び出し、笑わずにはいられない(笑)
 
この時の山田さんの表情、最高にコミカル(笑)
 
月曜日だし、週のアタマから飛ばすのもいかがなものか?と迷ってた
けど、行ってよかった!と思ったのでした。大正解。
いやぁ・・めっちゃ癒されたわ。また、聴きに行こう。
 
いぶきさらさのホームページ (YouTubeで楽曲が聴けます)
 
9月15日の夜、愛猫のマーヤが虹の橋を渡りました。19歳でした。
息を引き取る瞬間に立ち会い、看取ることができてよかった。
衰弱しててつらそうだったけど、安らかな最期でした。
9月10日の夜に容態が急変し、「朝を迎えることはできないかもしれない」と、
毎晩思い続けて眠れぬ日々を過ごしたけど、そうなってから5日間がんばりました。
 
亡くなる前日の夜には低体温状態だったので、マーヤに腕枕をして抱きながら横になり、
ずっと身体を撫でてました。
鳴き声も出せないほど衰弱してたのに、ずっとグルグルとノドを鳴らしながら気持ち
よさそうな表情をしてたっけ。
 
マーヤが我が家に来てから19年と10日。
ずっと一緒に月日を過ごしてきたけど、長いようであっという間だったなぁ。
波乱に満ちた私の人生において、癒しと安らぎを与えてくれたかけがえのない存在でした。
 
仕事から帰ると必ず出迎えてくれたなぁとか、なぜかお風呂上りにもお出迎えがあったり、
かまってほしい時はキッチンで座り込んだり、ガスレンジの真下で寝転んだりもしてた。
火を使うから危ないって!と何度追い出しても戻って来る始末(笑)
マーヤの日々のルーチン行動がいちいち可笑しくて、クスッと笑わせてくれたっけ。
たくさん思い出がありすぎて、今は思い出す度に涙が溢れてしまう。
甘え方が不器用すぎて、自己アピールが下手くそで、まるで自分を見てるようで苦笑い
しちゃったけど、そんなマーヤがたまらなく愛しくて。
 
2年前の秋にてんかんの発作を起こし、血液検査をしてもらったら、腎臓の4分の3が
機能していない状態だと言われた。
この時から、抗てんかん薬を1日2回(朝・晩)服用させてました。
昨年秋には尻尾の根元に悪性腫瘍ができ、徐々に壊死が進行して、今年5月末には壊死
した尻尾が離脱。つまり、尻尾が取れてしまった・・。
 
2年前の時点で、獣医の先生から「治療はできません」と宣告されていて、腫瘍ができた
時も「治療はできないから検査はしません」と言われ、対処療法でしのぐしかなくて。
薬を服用させる時は毎回バトル状態で、壊死していく尻尾の処置も大変だったけど、
マーヤのためだと思ったら、全然苦ではなかった。
その甲斐あってか、病気のことを感じさせないくらい、ずっと元気でいてくれた。
それが、亡くなる1か月前くらいから急に食欲が落ちてきて、徐々に衰弱していった。
かなりの高齢で病気のこともあったので、そろそろ死期が近いであろうと感じていた。
 
命ある者の定めとして、いつかはお別れしなくてはならないとわかってても、つらい。
ペットロスになることは覚悟してたけど、仕方ないとは思ってるけど、やはりつらい。
マーヤの存在の大きさを痛感しながら日々過ごしています。
ひたすら寂しくて、恋しくて、悲しくて。
2週間経った今も、ひたすら寂しさが募ってしまう。色んな思い出が頭をよぎる。
でも、時間をかけて消化していくしかないことはわかってる。ゆっくり消化していこう。
一緒にいてくれてありがとう、マーヤ。きっと、また、来世で会えるよね。
 
↑2008年のマーヤ。
この頃、すでに11歳のシニア猫なんだけど、今見るとすごく若い。
ビニール袋に入るのが好きだったなぁ(笑)