今日はね、美味しいパンを食べたよ。

そしてね

 

息子のおかげでたくさんの事に気付いたよ。

 

火曜日と金曜日にやってくる 燃やすゴミの収集車。

息子に車を見せようと、ゴミ収集車を待っていた朝。

 

7時すぎ、ゴミ置場周辺の掃除をしている人を発見。

知らなかった。地域のために、出勤前に綺麗にお掃除してくれる人の存在。

 

その後、小さな子を連れて保育所に向かう親子。

知らなかった。お母さん一人で背中に一人。

両手に2人。合計小さな子3人。

たくさんの荷物を抱えて、楽しくおしゃべりしながら歩いている。

たくましい母ちゃんの姿。

 

その後、ゴミ収集車がやってくる。

効率よく回る姿。

息子の姿を見て、手をふってくれる笑顔。

私自身も生まれて初めて、ゴミ収集車のおじさん達に

 

「いつもありがとうございます」

 

って挨拶ができた。

「またねー」ってかっこよく去っていったおじさん達。

 

知らなかったよ。

知らないおじさんに「ありがとう」って言った後

こんなに幸せな気持ちになるなんて。

 

そして、笑顔で大きく手を振る息子。

人見知り真っ盛りで、ぎゅっと私の肩を握りしめ

恐る恐る、でも力いっぱい笑顔で手を振る姿。

知らなかったよ。

本当は優しくしてくれる人たちに近づきたい息子の気持ち。

 

その後、地域のおじさんおばさん、おじいちゃん、おばあちゃん

息子のそばに寄ってきて

 

「かわいいねぇ。何歳ねぇ?保育園行ってるのぉ?

実家で見てくれるなら、預けときなさい。愛情に包まれた優しい子になるから。」

 

知らなかったよ。

保育園に入れないと、集団生活できないんじゃないか。

人見知り激しくて、このままじゃ息子が可哀想なんじゃないか。

同じ年齢の子たちとも遊びたいんじゃないか。

息子のネガティブキャンペーンみたいになっていた私に

 

「愛情あふれた環境にいるのが、素晴らしいんだよ。

たっぷりとおじいちゃんおばあちゃんに愛されて親にも愛された子は

いづれ、人を心から愛せるから。集団生活も時期が来ればなれるからね」

 

1歳の息子にいろんなことをクリアさせようとしていたこと。

今の環境がどれだけ素晴らしいかということ。

保育園には、保育園の良さ

実家には実家の良さ

どちらも素晴らしいってこと。

急がなくていいってこと。

 

そして何よりも息子の力はすごいってこと。

 

疎遠だった地域のおじさんおばさん達。

私が小さい頃可愛がってくれたおじさん、おばさん達。

 

ちょっと歳をとったけれど、まだまだ私のことを可愛がってくれて

その私の息子のことも、自分の孫を見るような目で接してくれること。

まだまだ地域には優しい大人がたくさんいるということ。

育児にまつわる先取り不安ばかりを言う人もいるけど

偉大なる人生の先輩は、どんな事も肯定してくれるという事。

 

地域には、私の周りには

いろいろな分野の先生がたっくさんいるっていう事。

 

1歳の小さな身体で、とてもとても大きな大きなパワーを持っている。

 

私の地域には、もともとたくさんの子供が住んでいた。

幼馴染がたくさんいた。

でも大人になっていくにつれて、みんなどっかに行っちゃった。

そのご両新だけが変わらずそこに居続けている。

また、その人たちとつながりを持ち始めている。

 

「なんかあったら、おばさん達にも預けなさいよー。

毎日は無理だけどねー」

 

って言ってくれる。

 

気づけば、素晴らしことばかりで、私の周りは作られている。

ありがとう。

 

 

 

 

 

 

息子と二人でいると、途中からイライラが多かった。

 

「このご飯が食べたい」

 

って自分で指さすのに、食べると、ぺって吐き出して

私にかける

 

それが何ども続くと、だんだん悲しくなり

 

どうせ私のご飯なんて美味しくないのよね、って被害的になる。

 

 

実家の両親がお菓子ばかり食べさせて、泣き止ませるのを見ると

 

「お菓子ばっかり!!」って目くじら立ててイライラする。

 

息子が大きな靴が大好きで、はいて布団の上を歩こうとすると

 

「すごいね!はけたね!」の前に「コラーーーー!!」って言葉が出る。

 

テレビの後ろのスイッチを押したり

線を引っ張って、めちゃくちゃにしたりされると

 

「もう!!!』ってまた目くじら立てる。

 

「マンママンマ」ってミルクばかりを要求すると

 

「さっきもたくさん飲んだのにな!!!!」ってきつい言い方してしまう。

 

 

1日のどのシーンを思い浮かべても私は、息子を怒ってばかり。

 

1日1日できるようになっていることに目を向けずに

怒ってばかり。

自分が困ることをしないようにしないように

そんな思考に成っている。

 

それでも、絶えず笑って私を見る。

時に、全力で泣き叫んで「こっち向いて」って言ってくる。

それでも、私のことをママだと慕ってくれる。

 

今日は台風。

 

外の音が怖いって、私にしがみついて抱きついてきた時に

ずっとずっと 怒ってばかりの私の振る舞いを思い出して悲しくなってきました。

 

でも、息子のぎゅっと掴む手に、励まされました。

 

生まれたてで、私のことが見えない視力で、自分の足で立てない弱さで

おしっことうんこと、ゲロを繰り返していた息子が

 

しっかりと足で地面を踏みしめて、私のことをじっと見て

少ない量でも、口を開けてごはんを食べる。

 

素晴らしい成長じゃないか。

たくさんたくさんこの1年半でできるようになってきたね。

ナデナデナデ、頭を撫でてみた。

 

すると、息子も私の頭を真似して撫でてくれた。

涙ポロポロ流れてきた。

 

小さな小さな息子が、私の頭を撫でてくれた。

 

お母さんになって1年半。

 

周りのお母さんたちが、素敵に見えたり

褒め上手な人を見ると、「はぁ・・・・・」ってなったり

わかっているけど、できない私に落胆したり。

 

ママ友会話が苦手だと一方的に自分のことを決めつけたりもした。

 

相談すると色々な情報が飛び交う。

子育てするには、こんな言葉がいい

こんなことしないほうがいい

これを試してみたら

あれもどう?

こんなサービスあるよ

 

もう、色々情報が舞い込んでくる。

 

それがとてもとてもきつくて、逃げていた。

 

私は私らしく、自分の仕事にも誇りを持って

たった一人の息子のお母さんとしても

もっと誇りを持とう。

 

今日も元気に生きてくれている。

ありがとう。ありがとう。

 

台風で外に出られない今日。

なんだかたくさん一緒にできたよね。

 

髪の毛結んだり

ピンで留めたり

イーーーーーーーーって一緒にしたり。

楽しい時間を、私に素晴らしい時間を与えてくれて

ありがとう。

 

 

人の嫌なところばかり見る時期に来ています。

と言っても、すれ違う人全ての嫌なところを見るというわけではなく

 

特定の人に求めるものが多くなってくるとき

自分と対話したくなります。

 

なぜにそれを求めたいのか

それを求めてどうなるのか

何のために?

求めるものが、叶ったときに、どうなるのか。

 

むっつりと思うわけです。

 

そんなとき、私はいつも極論です。

 

むっつりできるのも、生きているおかげ。

 

仕事柄、「死にたい」と言われることが多いです。

相手の気をひくための「死にたい」

病気から来る「死にたい」

2パターンの「死にたい」に出会います。

 

気持ちがいいものではありませんが

その人の心の奥には「愛が欲しい」という声が聞こえます。

 

病気でも、そうでなくても「愛が欲しい」って聞こえます。

 

時に「どうしたのどうしたの」と「心配することをしない」関わりもします。

時に「どうしたのどうしたの」とオーバーに心配することもします。

 

どちらの関わりも私は自分の中に「愛」があると思っています。

 

薬をたくさん飲まなくても、手首を切らなくても

「死」で脅さなくても、私はきちんとあなたを見ています。

 

そう伝えられる勇気と覚悟。

常に持っていたいです。

 

さて。話しを戻して。

 

人の嫌なところばかり見る時期である私。

 

相手に対して、常に愛情いっぱいでいられなくなることもあります。

勝手にして。

私は私で生きるし。

そんなことも思ってしまうのです。

 

最近思います。

そういう感情も、優しく感じたい。

そんな自分も嫌わないであげたい。

その奥深くには「その人に成長してほしい。幸せでいてほしい。私に依存しないでほしい。力を持っている。」私なりの愛が見え隠れするから。

 

 

愛って、たくさんの顔を持っているのね。

 

どんな感情も、その根本が「愛」なら、ちょっと様子を見て

愛の出し方を変えてみようっと。

 

人の嫌なところを見るという方法で「愛」を感じたいときなのです。

このやろー。なんでだー。

あんにゃロー。

ちょっとヤンキーな、愛が出ています。

 

 

 

沖縄は台風が月曜日に直撃するようね。

月曜に備えて、何を準備しようかな。

 

一生に一度の9月30日、ありがとう!