あの家族の賑やかな声、紡がれた時間、エネルギー。
そして舞台上を舞う桜吹雪。
私の心にずっと残っていくんだろうなぁ。
季節の移ろいがある日本だからこそ、
そんな国に生まれたからこそ感じられる想いがあったような気がした。
春は出会いと別れの季節という。
桜を見ると温かな想いを受け取ったような気持ちになる。
けれど、数週間後に散りゆく花びらの一枚一枚を見ているときには
この世の儚さを目の当たりにしてしまったようで、
心はきゅっと締め付けられたような寂しさに包まれる。
今年最後の観劇で、2ヶ月前この上なく心揺さぶられた作品で、
じっくりとしっかりと心に焼き付けようと思っていたはずなのに
あっけなく気づいたときには幕が降りていた。
まるで一夜の夢みたいに。
それでも、感じた思いやそこで息をした時間は
私の中に「記憶」として残っている。残っていくのだと思う。
最近ある人が、大切なものは何かという質問に対して
「記憶」だと答えているのを聞いた。
例えば、自分と相手と二人だけで過ごした時間は、
その相手がいなくなってしまったら、覚えているのは私だけだと。
だからこそ、ちゃんと覚えていたいんだと。
その言葉は私の中の深いところへ落ちていった。
演劇はまさしくそうだ。
幕が降りた後には、各々の「記憶」の中でしか生きない。
これだけ便利な世の中になって、技術は私たちの手の届かないようなところまで進化しているこの時代において、全てが「記憶」に託されている。
それが美しいなぁって。
だからこそ、良い作品に出会えたときほど胸がギュッと苦しくなってしまう。
もうこの作品はないんだなぁ。
劇場は空っぽで、そこにいた人々は皆バラバラで。
二度と全員が同じ場所に集うことはない。
それが途方もなく悲しくて、ひとりぼっちで取り残されたような気持ちになってしまう。
でも生きていくって、そういうことなんだよね。
二度とない今を生きている。同じ瞬間は決して訪れない。
でも記憶には限界があるから、そのとき抱いた感情の色や形を少しでも覚えておきたいから、私は時々文章を綴っているのかも。
今回は母を誘っての観劇。
これもまた私が残しておきたい「記憶」の一つ。
私の言葉を信じて、新幹線に乗って遥々東京へ。
どんな風にこの作品を受け取ったか、全ては分からないけれど
私にとっては一緒に観劇できたことに大きな意味がありました。
来年を生きるエネルギーまでもらえたようなこの作品。
やりたいことが明確になってきて、
でも評価を下されることを恐れている自分がいる。
来年観劇しようかと考えていた作品がいくつかあったけど、
今やりたいこと、時間やお金、色んなことを天秤にかけて
少し観劇はお休みすることになりそう。
来年は、今私がやりたいことに逃げずに本腰を入れる。
今年最後に良いエネルギーを沢山与えてくれたこの作品に心からの感謝を🌸