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terra e mare 大地と海

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ブルターニュ BRETAGNE
 
 ノルマンディーの西に位置するブルターニュは、英仏海峡から大西洋に続く長い海岸線を持つ地方だ。ノルマンディーが青い目や金髪のノルマン人が創った土地に対し、ブルターニュはアイルランドの血を引く、ケルト人の地である。今でも彼等独特の文化は健在だ。大地の幸、海の幸共に豊富で、一度その味を知ったらやみつきになってしまう。
 フランスでは珍しい有塩バター、塩の最高峰ゲラントやそば粉のクレープ“ガレット”の本場だし、良質の豚肉はフランスの50%の生産量を誇り、各種豚肉料理は素朴で旨い。
 海の幸は豊富で、オマール、クリスタセ(甲殻類)、ムール、テュルボ(大型ヒラメ)、サルディーヌ(鰯)等々。ブロン牡蠣の産地でもある。有塩バターを使った、各種菓子も美味。
 ブルターニュはタラソテラピのメッカでもあるので、その海洋性気候とトリートメントで、健康と美容にすぐれた効果を享受できるののも魅力だ。
 古い港町サン・マロやリゾート地として人気のキブロンでは、その土地の特産を味わったり、ゴルフやタラソテラピが楽しめるので何度となく通った地である。


その1.ムール貝とブロン牡蠣
 
 ブルターニュのムールは、海岸から内陸へ引き込まれた狭水路で養殖される。今や大量に輸入されているスペイン産、オランダ産や地中海産のものより良質とされている。輸入ムールは形も大きく立派だが、熱を加えると縮んでしまう…とフランスの知人が教えてくれた。
 確かにブルターニュのムール・マリニエールやノルマンディーのムール・ノルマンド料理を食べると、そのふっくらとした食感は他で食べるムールとは一味も二味も違う。その養殖が始まるきっかけになった話しとは…。
 18世紀の後半、アイルランドの帆船がフランス大西洋岸の湾で座礁してしまった。身動きのとれなくなった船を見捨てることが出来なかった乗組員は、脱出の機会を探るが長期間船内に留まる他なかった。食料も尽きようとした時、ひとつのアイデアが浮かんだ。浅い海中に丸太の杭を何本も打ち込み、そこにロープを張り巡らした。夜になると海面すれすれに鳥が飛ぶことを、船員達は知っていたのである。まんまと鳥の捕獲に成功したのだが、それには思わぬ副産物があった。海中に打ち込んだ杭に、良質で型の良いムール貝が付着していたのだ。食べてみると、どこにでも群生している野生のムールより格段に美味だった。その後、ブルターニュやノルマンディーでの養殖が盛んになったという。養殖には無論丸太を使うのではなく、延縄式で行われる(ロブションの何かの著書で読んだことがあった)。
 
 ブルターニュが誇る最上の牡蠣、ブロン(Belon)。ヨーロッパヒラガキと言われるように、形は丸型で平らな牡蠣だ。その形、色、味が食べなれた日本の牡蠣とは全く別物…といってもいい。確かに日本は北から南まで各地で固有の牡蠣があって、世界で最も美味であることは誰もが認めるところだ。
 しかしこのブロンだけは、こんな濃厚かつ上品な牡蠣があるということを改めて認識させてくれる。初めてブロンを口にした時は、本当に感激したものだった。
 1960年代後半だったろうか。パリではブロンが魚介料理の店ならどこでも店頭に並べられ、値段もそれ程高くなかった記憶がある。その後パタッ…と姿を見せなくなったのでブルターニュの知人に聞いたら、乱獲と病害で全滅に近い状況だということだった。その後日本産牡蠣がフランスの牡蠣を救った、という話を随分後になって聞くことになった。
 現在ブロンは復活したが、他の牡蠣の数倍の値段にもなってしまったが、ブルターニュであれば日本とは比較にならない程安価だから、それこそ一人で1ダースは軽く平らげてしまう。
 養殖は英仏海峡側のサン・マロ湾内のカンカルや、大西洋側のキブロン湾産が有名で美味。養殖は日本と同じ様に、湾の深場で筏垂下方式で行われている。

  ※ムール貝のレシピ
   
   ムール・ア・ラ・マリニエール(Moules・a・la・Mariniere:ムール貝の船乗り風)
     ブルターニュ発祥のこの料理は現在フランス中(世界中?)のムール料理の定番となっている。
     作り方:エシャロットとニンニクの刻みをバターでソテーして、ムール貝を入れ、白ワインを注ぎいれる。
  
   ムール・ア・ラ・ノルマンド(Moules・a・la・Normande:ムール貝のノルマンディー風)
   作り方:ムール・マニエールと同じだが最後に生クリームを入れる。
                (ノルマンディー産生クリームなら よりGood)
                    ◎時間をかけず、手早く仕上げるのがコツ



その3.ノルマンディー 上陸作戦50周年
                午餐会メニュー

 
 ドーヴィルからさほど遠くない西の海岸地帯は、第二次世界大戦末期、連合国軍がフランスのドイツ軍掃討とヒトラー政権打倒のため、ノルマンディー上陸作戦“D-Day”を敢行した地だ。つい数年前上陸地点の一つとなった港町アロマンシュで、上陸60周年の盛大な式典が催された。
 それまでの式典にドイツ元首が招かれることはなかったが、その時初めて招待され話題となったことは記憶に新しい。
 その式典にさかのぼる事10年前の50周年の時は、上陸後最大の激戦地になった海岸から少し内陸に位置するカーンに、かつての連合国主脳が集まった。主催国フランスはミッテラン大統領、クリントン米大統領、エリザベス英妃、メジャー英首相等々列席の元執り行われた。
 この時の様子と午餐会メニューは西川恵著「エリゼ宮の食卓」に詳しく紹介されている。西川氏は私の中学高校の同級生だったこともあり、愛読の一冊だ。
 著者はエリゼ宮での宴会のメニューとワインから、フランスの外交を探るという新たなる視点と明晰な分析、卓越した感性で、最近サントリー学芸賞を授与された。
 
 メニューとワインリストを著書より抜粋させて戴いた。
  <メニュー>
    ○ノルマンディーのフォアグラ、杏のシロップ漬けを添えて
    ○海辺育ちの仔羊の背肉のロティ
    ○香草のサラダ
    ○チーズ
    ○リンゴのシンフォニー
  <ワイン>
    ○シャトー・ディケム1944
    ○シャトー・ラ・ミッション・オー・ブリオン1945
    ○シャンパーニュ ポメリー・マグナム1944
                            (以上本文から)                         

 メニューはノルマンディーの特産ばかり。ワインとのマリアージュも素晴らしい。
 フォアグラはフランスではボルドーに近いペリゴール地方産やアルザスが有名だが、ノルマンディー産もなかなか。
 ボルドーのソーテルヌ最高峰であるシャトー・ディケムがフォアグラと杏のシロップとの酸味のある甘みと素晴らしいハーモニーを奏でたに違いない。こうして書いている私もよだれが出そうである。
 海辺育ちの仔羊はノルマンディーやブルターニュが世界に誇るもので、プレ・サレという。潮の干満の大きな海岸地帯の牧草は塩気を含んでいて、それを食べて育った仔羊は心持ち肉の内部まで旨みと塩気を感じる。
 グリルしたプレ・サレはボルドー産シャトー・ラ・ミッション・オー・ブリオンと相性抜群の筈だ。
 チーズは何だったのだろうか。カマンベールやヌッフシャテル、リヴァロ、ポン・レヴェック等特産のチーズが立派なシャリオで運ばれてきたに違いない。
 デザートはノルマンディー特産 リンゴの甘煮にアイスクリーム。

 これらメニューの内容はノルマンディー料理の面目躍如といえるものであり、ワインは50年の歳月を経たものばかりである。
 この時の貴重なワインを取り揃える苦労話も、同書で詳しく語られている。

 ノルマンディーは近年、穀類や食肉、魚介の生産も増大させ、パリの重要な台所的存在となっている。郷土料理への回帰、古くからの家庭料理やお袋の味への郷愁。フランス料理には個性豊かな地方料理が数多くあるのが魅力だが、洗練されたパリのミシュラン星付レストランのみならず、郷土料理人達の素晴らしい活躍で、より一層厚みが増したフランス料理を味わえると思うと、心躍るのであった。
 
その2.オテル・ノルマンディーとココ・シャネル
 
 100年近くにわたり、ドーヴィルの顔ともいえる高級ホテル、オテル・ノルマンディー(現在のノルマンディー・バリエール)は、典型的なアングロ・ノルマンスタイル(フランスの他の地方では同様な白の漆喰壁に木組の建物をコロンバージュという)のシルエットが美しい荘園風のホテルだ。
 短いベル・エポック時代の最中に誕生したホテルに一歩踏み入ると、木造であるが故のぬくもりを感じると同時に、当時の情景がフッと脳裏に浮かぶ気がするから不思議だ。宿泊するたびに広い廊下を歩くとギシッ、ギシッと鳴る床のきしむ響きを身体で感じながら、ココ・シャネルが過ごしたこのホテルのきらびやかだったベル・エポック時代に、タイム・スリップして行くような錯覚に襲われるのだった。 
 部屋から見るビーチに咲いた色とりどりのパラソルも、その当時と変らない風景なのだろう。
 ホテルのレストラン゛ベル・エポック゛で食事するもよし、夏ならノルマンディー風のコート・ヤードで海風を肌に感じながら軽食を取ったり、冷えたシードルで喉を潤すのが最高だ。
 ホテルから2ブロック歩いてビーチのプロムナード・デ・プランシュをブラブラ散歩したり、南仏より陽射しが柔らかく感じるビーチで、優雅にビーチ・ソファに横たわったり…。オテル・ノルマンディーではどちらかというと静的な過ごし方が似合うホテルだ。

 ここ数年、立て続けに3本のココ・シャネルの生涯を題材とした映画が封切られた。
 帽子のデザイナーとして成功していたシャネルだが、第一次大戦が勃発し、ドイツ軍がパリに迫ってくると、パリの帽子店を休業し、恋人と過ごしたドーヴィルへ疎開する。オテル・ノルマンディーは、彼との思い出のホテルでもあった。
 ドーヴィルにはすでに当時の人気ファッションデザイナー、ポール・ポアレが店を出していた。ポアレはコルセットやペチコートのあるファッションを変革しようとしていたが、それでもシャネルにとってはまだ華美な装いと映っていたのだろう。彼に対する対抗意識もあって、服飾デザイナーとして再出発したいという気持ちを秘めていた。そんな時、ドーヴィルの海岸で出合ったった漁師達の、綿素材から出来ているザックリとした身体を動かすのに最適な衣服に出会い、それをヒントに当時として革新的なデザインを引っさげ、恋人との思い出に溢れるオテル・ノルマンディーの一角に゛ガブリエル・シャネル゛ブランドの洋装第一号店を開店した。
 その後の華々しいシャネルの成功物語は、オテル・ノルマンディーに深く永く記憶されている。

 ちなみに、今年2010年はドーヴィル創立150周年の年にあたる。


ドーヴィルの食ガイド -大地の幸- 
 
 ノルマンディーは魚介だけでなく、大地の幸も豊富だ。フロマージュ・ブラン、リヴァロ、カマンベールの本場でもあり、ノルマンディー産牛肉やフォアグラ、トリップ料理も名物である。リンゴを蒸留しオーク樽で貯蔵熟成させたカルヴァドスは、ドーヴィルのあるカルヴァドス県のみにその名が許されている。ノルマンディーの人達に習いランセット(食間や食後にカルヴァドスを飲むこと)すると、意外と胃がすっきりとするものだ。カルヴァドスに各種リキュールやシードルから作るカクテルもなかなか…。肉料理にノルマンディー産の生クリーム、バターを使った濃厚なソースにカルヴァドスを加えることによって、旨みが格段に増す。そんな料理にはやはりボルドーだ。カルヴァドスを使ったリンゴのデザートも美味。
Spinnaker…内装、テーブルセッティング等大変シックなレストラン。サービスすくぶる良い。料理は非常に洗練されていて美味。魚介もいいが、ここでは牛肉とフォアグラかプレ・サレ(塩気の利いた最高の子羊)が美味。付けあわせがおしゃれな鍋(ストウブ)に盛られて出てくる。濃厚な肉料理の時はやはりボルドーだ。食前酒はキール・ロワイヤル、ちょっと気張ってソーテルヌ(無論シャトー・ディケムではない)、マルゴー4級のシャトー・マルキ・ド・テルム 、グリルの時はポイヤックのシャトー・ランシュ・バージュは相性抜群。
 住所:52, rue Mirabeau  (02)3188-2440
La Flambee…ノルマンディー・バリエールの裏出口から出て歩いてすぐ。瀟洒なホテル トロフェ内の大人のムードがある落ち着いたレストラン。ここではレンガ張りのグリルで焼いてくれる肉料理がお勧め。暖かい季節なら中庭で。食前にソーミュールのクレマン。肉に合わせるならソーミュールの赤。無論ボルドーの時も。ランチのワンプレートはグラス・ワイン付でお得。
 住所:81, rue General Leclerc  (02)3188-2846