こんにちは、yamachingchingです。


タイトルの「共同生活」とは
結婚生活のことです。


私は21歳で結婚しました。
その時の相手とは残念ながら
終わってますおーっ!


離婚のきっかけは単身赴任でした。


ただ、単身赴任したからといってすぐ「離婚」
につながるわけではないですけどねアセアセ


5年ほど単身生活を送ってた頃かな、
県外への転勤の話が出ました。

 
私は県の移動はこれまでに数回経験してますが 
生まれて今日に至るまで九州から出たことは
一度もありません。


転勤予定先は関西でした。


それを断れば降格するし、その分、減給…


悩みに悩んだ末、出した結論は「退職」
でした。
それも、離れて生活している奥さんにも
一言の相談もせずに…
伝えたのは有給消化に入ってからでした。


その時の私は家庭のことを考えないひどい旦那、
最低の旦那ですね。


その時に(辞めると決めてからかな?)
このままこの土地に残る、戻る気持ちはないから
このまま離婚しようと伝えました。
 

娘も居ましたし、離婚だけは取りやめようと
奥さんが色々な解決策を提案してくれたのですが
私の決心は変わらず…


結果的には円満離婚という形で慰謝料なんかも
発生せず
持ち家だったので名義変更して奥さんに譲りました。


その後の私は職探し
齢44からの職探しはかなり無理があります。
それまで昼の仕事しか経験のない私でしたが 
仕事が見つからないために今の夜の仕事を始め
ました。


夜といってもホテルです。
ただ、私の勤務時間が午後1時間から午前1時間まで
なので昼夜逆転の生活ですガーン


そんな独身生活を送っている時に今の奥さん[2度目の
結婚)と出会いました。


ここからが、タイトルの内容なんですが、


奥さんはフィリピン人です(年の差25爆笑
知り合ったきっかけは、よく遊びに行っていた
店の女の子からの紹介でした。


店に遊びに行ってる時にその子が電話をかけて
その電話を私に渡され、話したのが今の奥さん
当時(3年ほど前)は英語やタガログ語なんから
一切わからないので「ハロー!はじめまして」
みたいな意味のわからない挨拶だけで終わり爆笑


でも、何となく彼女のことが頭から離れなくて
後日、連絡先を教えてもらい、メールを送りました。
彼女も私と同じ思いだったらしく連絡したかった
そうです照れ


それからはメールでの猛アタックですね爆笑


相変わらず言葉がわからない(彼女は日本語
全くできません)ため、英語やタガログ語で
届くメールを翻訳アプリを駆使して何とか会
話を続けました。
翻訳アプリって、使ったことがある方はわか
ると思いますが、出てくる訳はそのままでは
意味不明です笑い泣き
なので、私が必死に英文で送っていたメール
も、相手は何を言ってるのかさっぱりわから
なかったみたいです笑


そんな苦労をしながらも気持ちは通じたよう
で、一昨年の9月にフィリピンへ行って、ご両
親に挨拶、そしてプロポーズしました。


ただ、私の会社では長期休暇がとれない状況
なので、その時は二泊三日で行き、先ほど書
いた内容だけで帰国
翌10月に三泊四日で行き、書類の提出等を済ま
せる
そして三たび11月に一泊二日という強硬手段で
挙式をしました苦笑


その後、日本での入籍やら入管での申請手続き
を済ませ、後は許可が下りるまで待つのみ


ところが待てど暮らせど許可が出ない汗


去年の4月にやっと奥さんのビザ発行涙


それから書類等をフィリピンへ送って向こうで
の手続きを済ませ、7月に日本へ来ることがで
きました♪


それから二人での生活が始まったのですが、十
年近くを独りで暮らしていたので一緒に暮らす
のに馴染めず…


年の差もあるせいか、気を遣いすぎて一緒に居
る時はオナラをすることも当然ながらトイレで
大きい方をすることも出来ずえーん


こんなに神経質だったかなぁ…って、自分自身
で戸惑う毎日苦笑


ちなみに今だに同じ生活してますwww


会話のほうは、奥さんも私もお互いの母国語を
交えながら楽しく会話できるようにはなりまし
た♪


トイレだけは気を遣わずにできるようになりた
笑い泣き