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りべろ的おはなしの部屋

おはなしを載せたり、写真ブログや、旅行記もあります。
幕末から仮想世界のおはなし。

未発表分の小話を発掘したので、出してみます。

どんなに頭をひねってもタイトルが浮かばないほど、オチなし山なし話…。

 

設定を今更変えるのも面倒…ごにょごにょ。なんていうか、艶がです。

 

先日製本がらみで読み返した、既存のお話の後日くらいのつもりです。

 

⇒ 『夏の夜もむつかしからぬ』

 

 

他にも書きかけでいずれ出したい話はまだあるけれど、終わらないというか、終われないというか、いつか日の目を見る日が来ますように…。

 

 

 

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『土方の休日?』

 

 

 日の高い内に屯所へ戻ってきて、すぐ自室へ向かった土方は各所からの報告に目を通し、急ぎの文を書き終えた頃には、日が傾きかけていた。すっかり温くなった茶を呑み干すと軽い音を立てて机に置いた。

 

 ちょっとした捕り物騒ぎで、非番の隊士もほとんど出払っているためか、妙に屯所全体が静まり返っている。戻ったその足で一緒に後始末に加わろうとしたら、近藤に引き止められた。

 

『お前はしばらく休暇だ。どうせあっちでもろくに休んでないだろう。気になるだろうが、若いもんに任せてやるのも幹部の役目だ』

 

 まるで見てきたかのように、断言されて咄嗟に言い返せなかった。実際その通りだったというのもある。結局、休めと言われたにも関わらず、仕事をしている己に乾いた笑いがでる。腰を落ち着けてみると、確かに疲れを感じる。文箱を片して、痛む目頭を押さえてごろりと寝ころんだ。

 

(――そういや、あいつは元気だろうか)

 

 見上げた天井を眺めて思う。ついいつもの癖で、仕事の報告のような文を出したのはふた月ほど前。仕事で京を離れると伝えるだけの、我ながら素っ気ない内容だったのを記憶している。まだ肌寒さが勝っていた京の町は、知らぬ間に新緑の眩しい季節に変わっていた。

 

 ふとした瞬間に浮かぶ顔は、決まって一回りも年下の新造だ。どんなに遠ざけようと、脅しをかけようと、娘は震えながらも真っ向からぶつかって来た。女としても、新造としても、半人前の小娘だ。化粧をすればそれなりの色気がなくもないが、土方の好む女とはかけ離れている。なのに、いつの間にか目が離せなくなっていた。

 

 つらつらと娘の事を考えていると、無性に顔が見たくなってきた。今夜の捕り物はすでに事後処理のみと聞いている。となれば、確かによほどのことがない限り、土方の出番はないだろう。局長直々に先手を打たれているので、さすがの土方も出張るわけにはいかない。

 

「よほど、信用がねえらしいな、俺は」

 

 口から出る言葉とは裏腹に、土方の口元はほころんでいる。仕事人間なのは自他ともに認めている。だが出先での大きな仕事を終えた充足感もある。土方は片付けたばかりの文箱を取り出し、新しい紙に筆を走らせた。

 

 

 

 その日の夕方。小さな風呂敷包みを胸に抱いた若い娘が、先を急いでいた。夜の支度に取り掛かろうかという時分に秋斉から渡された文は、土方からの逢瀬の誘いだった。

 

 渋面を隠そうともしない秋斉だったが、このふた月、真面目にお勤めをこなしていた褒美とお休みをくれた。慌てて用意をして置屋を出てきた。

 

 土方さんが京へ戻ったらしいと人づてに聞いたばかりで、まさかその日の内に呼ばれるとは思っておらず、嬉しい反面、どうしても気がせってしまい、足早になるのを押さえられない。

 

 通常ならば新造に逢状は来ない。そもそも客を取っていない新造には、出せないのだ。とはいえ、姐女郎付きの新造なら、その女郎に逢状を出せば、座敷で顔を合わせる確率も高い。

 

 だから土方も、常ならば世話役の女郎あてに逢状を出している。だが、今日は直接娘宛てにつけ文が届いた。それだけでも心躍ってしまった。

 

 花街の決まりだとわかっていても、姐さんの名前が書かれた逢状でしか会えない寂しさを、感じていたのもまた事実。否応なしに気持ちが高ぶってしまうのも致し方ないことである。それでなくてもふた月振りである。

 

 指定されたのは、珍しく京の町中、堀川の近くの茶屋だった。所用を済ませた後、その茶屋で待ち合わせようと書かれていた刻限は近い。

 

(急いだ方がいいかもしれない)

 

 そう思った矢先、通りに出した根付の中に、土方の好きな紅玉を使った物が目に留まり、思わず足を止めてしまった。急な呼び出しだったので手土産を持っていないのも気になっていた。散々悩んだ末、お店の主人にお願いして、付けていた鼈甲の髪飾りと交換してもらった。

 

(こ、恋人記念というか、久しぶりだし)

 

 頭の中に浮かぶさまざまな言い訳を無理やり追い出し、包みを風呂敷にしまうと、目的の店までの道順をおさらいする。

 

 いつもなら、二つ向こうの通りを行くのだが、実はこの先の通りを右へ入った方が近い。そこは秋斉から『夜は通ったらあかんよ』と言われている通りだ。

 

 ただ、今は夜というには少し早い。まだ日も出ていて、見れば遠くに遊ぶ子供の姿も見える。わずかに足を止めてから、娘は右へと足を踏み出した。

 

 

* * * * * * *

 

 

 一方その頃、土方は町に忍ばせている監察方と、橋のたもとですれ違い様に文を交わし、目くらましにしばらく町をうろついた後、待ち合わせの茶屋へ足を向けた。懲りずにまた仕事をしているのだが、当人にその自覚はない。

 

 

「へぇ、らっしゃい」

「連れが後から来る。しばらく待たせてもらう」

「へぇ。ほな先に、お茶お持ちしましょ」

「あぁ、頼む」

 

 待ち合わせには少し早いが、心地良い風が傾きかけた陽の光を和らげてくれて心地良い。出された茶をすすって待つのも良い気晴らしになりそうだった。

 

 

 

* * * * * * * *

 

「ですから、先を急ぎますので…」

「そう言わずに、なぁ?」

「せやせや、そない警戒せんでもええがな」

「困ります。手を、離してくださいっ」

 

 あと少しで通りを抜けると言う所で、長屋から出てきた浪人崩れの男とぶつかったのは、運が悪かったというべきか、案の定というべきか、とにかく娘は男二人に絡まれていた。

 

 即座に頭を下げて何度も謝った後、踵を返そうとしたら、手首を掴まれてしまった。娘の顔をみた途端、男らは態度を変えた。掴まれた手は、今も振りほどけずにいる。

 

「せっかくの縁や、わしらと遊んでや」

「いやっ、離して!」

「おい、大きな声出させるなよ」

「ちっ、下手に出てやってんのに、お高く止まってんじゃねえよ」

「っ!」

 

 掴まれたままの手にぎりっと力が込められる。その手をぐっと引き寄せられ、あっという間に距離を詰められてしまう。いつの間にかもう片方の手まで掴まれてしまった。

 

 抱えていた小さな風呂敷包みが、軽い音をたてて地面に落ちた。娘は力いっぱい抵抗するが、男の手は緩むどころか、ますます強く握られてしまう。

 

「おい、とっとと連れ込め」

「わかってるって」

「いやっ、誰か、助けてください!」

 

 娘が必死で首を巡らせて通りを振り返るが、視界の端に映ったのは、逃げるように戸を閉める町人の姿だけだった。

 

「ここらじゃ、誰も助けてなんかくれねえよ。悪く思うなよ」

「とばっちり、くらいたくねえもんな」

「いやぁっ、土方さ…」

 

「――その汚ねえ手を離しやがれ」

 

 ドスの利いた低い声が天啓のように辺りに響いた。

 

「!」

「なんだぁ?」

 

 娘が息を呑んで振り返った先に居た人は、思わず名を呼んだその人だった。少しだけ乱れた前髪をうっとおしそうに頭を振って払うと、そのまま無言で近づいてくる。

 

「誰だ、てめえ。綺麗な姉ちゃんの前だからって、いい格好しようってのか? 悪い事言わねえから…」

「誰のもんに勝手に触れている?」

「は?」

「こいつは俺のもんだ」

 

 言うが早いか、一瞬で男の懐深く踏み込んだ土方は、男の手に鮮やかな手刀を繰り出した。緩んだ隙に娘を引っ張り込んで自身の背中に匿うと、間髪入れず重い拳を男の腹にお見舞いした。

 

「がはっ」

「てめえ!」

 

 すぐ横の男がなりふり構わず振り上げた拳を、するりと避けた土方は、伸ばされたその手を下から掴み、そのまま一歩踏み込み身を反転させると、見事に背負い投げをお見舞いした。

 

「ぐえっ」

 

 一瞬だった。腹をかかえて声もなくうずくまる男と、投げられた男はのびている。瞬きする間に土方は二人共のしてしまった。腰の物には柄すら触れていない。

 

「行くぞ」

 

 長居は無用とばかりに、娘の風呂敷を拾い上げた土方は、娘の手を取り足早にその場を後にした。

 

 

 

* * * * * * * *

 

「…まったく、遊女のくせに男をあしらうって事を知らねえな、お前は」

「は、はい、すみませ…」

「嫌な予感がして、声のする方に来て見れば。間に合ったから良かったようなものの、よりによってあそこを抜けようなんざ、藍屋さんから聞いてねえのか」

「ちゃんと、聞いてます。軽く考えた私が悪いんです、ごめんなさい…」

「はぁ…」

 

 元居た茶屋に戻って、奥の座敷を借りた土方は、問答無用で娘の身体の検分を始めた。どこにも怪我がないことを確認してから、ようやく息を深く息を吐き出した。

 

 土方は無言で娘をじろっと見下ろすと、娘は小さな身体をより一層縮こませた。その様子が小動物じみていて妙に可笑しい。怒っているのに、気を抜けば口元が緩んでしまいそうになる。どうにもこの娘を前にすると調子が狂ってしょうがない。

 

「ひ、土方さんにご迷惑おかけしないように、気を付けますからっ」

「は? 馬鹿か、お前は」

「うっ」

 

 土方の一言で、眉を下げてうっすらと涙まで滲ませてしまった。

 

「別に迷惑なんかじゃねえよ」

「でも…」

 

 娘は眉根を寄せて、潤んだ目で上目使いに男を見上げる。土方はその目線からすいっと顔を逸らせた。口元がにやけそうになってしまい、慌てて顔をそむけたのだが、娘は気づいていない。

 

(こいつ、こんなに可愛かったっけか?)

 

「…土方さん?」

 

いつの時代も男という生き物は、好いた女の前では格好をつけたがるものである。この男も例外ではない。久しぶりに会った反動からか、それまでどんな態度をとっていたのか、わからなくなる程度にはどうやら惚れ込んでいるらしい。

 

 土方が一人照れまくっている間に娘は娘で、明後日の方向へ思考が向かっていた。

 

 

『もっと、お身体を大切になさってください』

 

 何度進言したかわからないが、素直に聞き入れるような男でないのも知っている。その土方の貴重な時間を自分の不注意で台無しにしてしまった。

 

 土方歳三という男は、多忙である。記憶する限り、まともな休みという休みがあった記憶がないくらいには、仕事に明け暮れていた。出会ったころから出張も多く、非番の日にふらりと揚屋に呼ばれても、泊まることはほとんどなく、仕事が残っているからと、屯所に帰ってしまう。

 

 

「今日はもう、帰りますね…」

「は?」

 

思いもよらぬ言葉が聞こえて、土方は逸らした目を慌てて戻した。娘の大きな目は、今にもこぼれそうなくらい涙をたたえていた。

 

「お前、…泣いてんのか?」

「だって、こんな半人前で、すぐ変な人に絡まれる私で」

 

 俯こうとする娘の顔に手を伸ばし、柔らかな頬を掌で包み、そっと目元を親指で拭ってやる。

 

「確かに、お前に遊女は似合わねえ。まったくもって遊女らしからぬ言動だ」

「うぅっ、やっぱり…」

「阿呆。褒めてんだよ」

「?」

 

 もう片方の手で娘の細い腰に腕を回し、二人の距離をなくす。土方の腕に囲われた娘は、じわりと頬が朱色に染まっていく。土方は目を細めて娘を見つめた。

 

 娘をよく見ていたからこそ、自分を慕ってくれていることもわかっていた。ただ一時の感情に流されて後で痛い目を見るのは女の方である。どうしても慎重にならざるを得なかった。

 

 何より土方は血生臭い稼業だ。真っ先に頭に浮かぶのは、面倒ごとに巻き込みたくないという思い。娘を突き放したのも一度や二度ではない。それでも共に居たいと願い慕ってくれる娘を、拒み続けることはできなかった。

 

 結局折れたのは、土方の方である。それでもまだ年若い娘をこの先ずっと傍に置いていいものかどうか、恋仲になった今も、思いあぐねているのだが…。

 

「お前は遊女には、確かに向いてねえ。だが、いい嫁さんにはなるだろうよ」

「よ、よ、嫁っ!?」

 

あまりの慌てっぷりに思わず笑いが漏れそうになるのをぐっと堪えて、言葉を続ける。

 

「嘘はつけない、手を握られるだけでうろたえる、こうして抱き寄せようもんなら」

「ひゃっ」

 

 腰に回した腕に力を込め、さらに抱き寄せる。瞬間、耳まで赤くなった。

 

「真っ赤になって固まっちまう」

「こ、これは、そのっ」

 

 つい、喉の奥から笑いがこぼれてくる。まったくもって落ち着きなく、あたふたしているのがこいつらしい。

 

「そんなんじゃ男を手玉にとるなんざ、無理ってえもんだ」

「ほ、他の人ならこんなこと…」

 

腕の中に囲っているにも関わらず、聞き捨てならない台詞を吐く娘に少々いたずら心が芽生えてきた。

 

「ほう。他の奴には、なんだ? 言ってみろよ」

「う…」

 

 抱いた腰をさらに引き寄せ、顎を指でなぞってやると、自然と上をむく。困り切って情けなく眉をさげ、目を潤ませて俺を見上げている。

 

 やさしく手の甲で頬を撫で上げる。小さく震えてそっと伏せた目に、どきりとする。部屋の隅で灯された提灯の灯りが、長い睫毛の影を落としている。

 

「…貴方だから」

「は?」

 

 一瞬、見とれていたのか、ほぼ無意識に聞き返していた。

 

「土方さんだから、真っ赤になっちゃうんです」

「……」

 

 ちらりと娘が土方を見上げる。娘と目が合った時、土方は息を呑んだ。先ほどまでの頼りなさが消え、いつの間にか女の顔をしている。思わず、ごくりと唾を飲んだ。

 

「土方さんだから、恥ずかしくて、照れちゃって固まってしまうんです。他の人なら、こんなことは…」

「――駄目だ」

「え?」

 

 頬に触れていた手がやんわりとうなじを捉える。

 

「他の奴に、気安く触れさせるんじゃねえ」

「…土方さ」

「お前に触れていいのは、俺だけだろ」

 

 目を見開いた娘の艶やかな唇をやんわりと塞いだ。しばらく身を固くしていた娘も、その内に力が抜け、震える手を土方の背中に回して抱きついてきた。ふた月振りのその唇はやけに甘い。角度を変えさらに深く貪りつこうとした時。

 

「お待たせしまし―…、ひぁ!?」

 

 勢いよく開いた障子に、お尻が浮くほど飛び上がった娘は、瞬時に部屋の奥に逃げ込み、うなじに添えていたはずの手が宙に浮いたまま固まる情けない男が一人。

 

こうして今日も、恋に不器用な二人の夜は更けていくのだった。

 

 

 (おわり)

 

 

 

オチなんてないよ!

 

りべろ