「治療の進行は?」
「おおむね良好です。」
コーツ医師の事務的な声はいつもと変わらない。
「特に右足の機能回復はめざましいものがあります。」
「そうか。」
「左足の機能はまだ回復しません。ラボでは,別の再生医療を検討中です。」
「わかった。また進展があったら報告してくれ。」
「はい。」
定期的な報告を終えると,電話はすぐに切れた・・・と
rurururururu
間髪おかず響いてきたコール音
「yes?」
「よう。」
少し低めのざらついた声
託生もよく知るその人物の風貌を思い浮かべ,ギイの口元は自然と緩んだ。
「あいつとは会えたか?」
「ああ。」
「そうか。」
短いやりとりの中にも,相手の気遣いが伝わってくる。
「そっちは,どうだ?」
「ああ。心配無用だ。」
「ん。」
この男は,信頼に足る人物だ。
出会いは最悪だったが,付き合いが長くなるにつれ,彼の強面の外見に似合わない深い人間性がより強く感じられるようになっている。
失踪していたキャロライン・ムアを彼が保護していると知ったとき,ギイは肩の力が一気に抜けたことを覚えている。
すぐに捜索の手配を取りやめ,ムア卿へ聞き取ったばかりの事実関係と彼女の抱えている想いを伝え,謝罪した。
ムア卿は深慮の末,彼女については全てをギイに一任すると決め,父母である娘夫婦には口出しを一切させなかった。
このような事態になっても自分に信頼を置いてくれるムア卿に対して,ギイは感謝するしかない。
「治療やリハビリには前向きでメンタルも良好だ。」
「そうか。よかった。」
この男が言ってくれるなら,間違いはないだろう。
と・・・
「・・・・ベン」
奥の方から,彼を呼ぶ声がした。
「ああ。すまん。また連絡していいか?」
「ああ。」
今の声は,彼女だろうか?
彼女がどんな声だったか,薄情だとは思うがギイはあまりはっきりとは思い出せずにいる。
覚えている彼女の姿は,いつも俯いていて,涙を堪えているものだったから。
ー side B ー
「ごめんなさい。電話中でしたの?」
「いや,大丈夫だ。」
スマホをポケットに入れると,ベンは車椅子で入ってきたキャロラインに視線を落とす。
彼女の青い瞳はそのままだが,美しく腰まで流れるようだったブロンドの髪は,今は肩までの長さに切りそろえられている。
ソフトデニムのスカートに白いブラウスというラフな出で立ち。
以前の彼女を知る人から見ると,姿も表情も別人に近い。
「アリスのことなのですけど。」
「ん?」
「これ,見てくださる?」
手渡された水色のスカーフの中央には鮮やかな色合いのビーズ刺繍がある。
この文様は・・・
「二エリカ?」
「はい。」
二エリカは,ウイチュル族の民芸品だ。
「アリスの祖父母のどちらかがルーツを持っていたはずだ。」
「そう・・・なのですね。」
キャロラインは頷いた。
「二エリカは毛糸刺繍と聞いています。でも,アリスはビーズ刺繍をしているの。」
「ああ。確かビーズ細工もあったはずだ。」
「そう・・・ですか。」
「まあ,あいつが幼い頃,身近なところでウィチュル族の文化に少し触れていたのかもしれんけどな。」
キャロラインは納得したように頷いた。
「で?どうしたいんだ?」
「え?」
「アレックスの時のように,何か思いついたのか?」
キャロラインは,少し頬を紅潮させると,ベンの瞳をしっかりと見つめた。
「いえ,今すぐにではありません。」
「ん?」
「アリスはまだ未成年ですし,将来を見据えてということです。」
「うん。」
ベンは腕組みをすると,床にどっかりと座り込んだ。
「くわしく聞こうじゃないか。」
※二人を取り巻く状況はキャロライン次第なのでね。少しこっちの話が続きます。