頃は第二次世界大戦最中。成人男子は徴兵令で戦場へと足を踏み入れる。
そこは血で血を洗う戦慄の光景、そして地獄絵図である。

老若男女、苦しんで生きていた時代。泣いた。

「おとうちゃんはやくかえってきてね!」

そんな幼く可愛らしい言葉を発するのは幼少期時代の郁(いく)であった。
登紀子の父も、戦場へと足を運ぶ。無論、それは死と隣り合わせとなることである。
死すら理解できない子供は、すぐ帰ってくると思っている。その後ろでは妻である喜代美(きよみ)が涙を堪えている。

「絶対に・・・・・・生きて帰ってきてねっ・・・・・」

精一杯の言葉だった。涙を見せず、顔を下に向ける。
そして、夫である哲(てつ)が言った。

「帰ってきたら、米腹いっぺぇ食おうなっ!」

それが、哲の遺言だった。



第二次世界大戦の終戦、軍服を着た男が木箱を持って喜代美の前に現れた。その男は涙で顔が濡れていた。

「哲先輩はっ・・・・・! 最高の日本男児でしたっ!」

男は静かに喜代美に木箱を渡す。そして喜代美はその中が何かを知っている。哲だ。
喜代美は両膝を地面につき、泣いた。声にもならない悲しみで・・・・・。それに近づく幼き郁。

「おとうちゃんかえってきたのー?」

喜代美は首を傾げ、そして郁に言った。

「お父ちゃんは・・・・・・お父ちゃんはねっ・・・・・・争いも悲しみも無い所へと行ったんだよっ
 だから心配しないでいいのよ」


激動の時世に生まれたのが、郁であった。