仕事していて、上司の人間がとんでもないいい加減なルールを作ったり、組織形態を思いついて急にそれを実際にやったりする。
そしてそれを指摘するとヘソを曲げる。だから誰も何も言わない。なので効率の悪いことがずっと続いている。
バカバカしぃ。
ただこのバカバカしさが真理なのだろう。ならば受け入れるのみである。隙を縫えばいいだけの話である。
どのように話を作るか・・・と言ったときに人によって色々な方法があるだろうと思われるが、自分は実際にあったことを思い返してみたり映画や小説なんかから影響を受けたりなんかしたことを元に話しをあげたりする。
その時に映画やら小説やらから影響された作品ってパクリなんか?っていうと必ずしもそうでは無いと考える。
ようは「自分がどの程度噛み砕いているか」によると思うわけである。
それが原型をほぼとどめない程度に加味くだいていたり、エッセンスだけ又はきっかけだけを拝借して別の話を考えたりすればそれは完全なオリジナルなストーリーなんではないか?
広い意味での全ての作品が模倣作品であるのはこのことであると思うが、つまりは創作者は咀嚼能力の問われる仕事であって無から一を作りだす存在でなくて良いと思う。
これを肯定的に建設的に捉えると、本当に話なんて無限大に作れると思う。それが面白いか否かは差し置いてね。
あと、話ってのはルールってのは特にない。例えば、人が歩いていました。これを作品にしてもOKである。
決して「誰が?」とか「歩いて結局どうなったの?」とか応える義務は無いのである。つまりは起承転結は一つのパターンであって義務ではない。
まず、上記のように考えるとさらに話をつくれるパターンが無限大に広がる。
こうやって頭を軽く、やわらかくした段階で「じゃぁどんな面白い話を作ろうか?」って考えると話づくりが大分楽しくない?・・・・とこんな事を思ってみた。
もし、話作りに悩んでいる人がいて自分が意見を言えるような立場だったらこんな考え方があることを教えてあげたい。