さっそくだけれども、私は個人的に国民栄誉賞を先送りにして欲しい。

 

理由は、まだこれから「すんげー伝説」が続いていくと信じているから。

 

これだけ賞自体への疑問や批判の声が出たあとで受賞してしまえば、羽生が目指す理想の「羽生伝説」に傷が付きかねないと思うからだ。

 

 

 「価値が落ちた」「あんなものたいした賞じゃない」「選出基準があいまい」「しょせん時の首相の胸先三寸で決まる」「政治利用がすぎる」「他にもっと貰うべき人がいる」などと言われ、何故受け取ってやらねばならんのかむしろ私は疑問に感じる。

 

貰えばファンや地元の人間は大喜びだろうが、羽生が勝ち取った功績は羽生だけのものだ。

誰のためでもない、羽生自身の喜びや救いであるべきだと思う。

 

だからメダリストとしての責任なんか感じなくていいし、ファンや地元被災者やスケート連盟や国民や国が喜ぶから救われるからと言って、「いわくつき」の栄誉賞なんぞ貰わなくていいと思っている。

 

 

 

ところで、何故今回に限って声高に疑問や批判の声が叫ばれたのか、じっくり考えた「ユヅリスト」はいるのだろうか。

あえて「ユヅリスト」と言わせていただく。

 

そう、私たち羽生ファンは「ユヅリスト」というあだ名を付けられ、テレビでは基本的に笑いものにされている。

「ユヅリスト」はもはや蔑称だ。

 

羽生自身も帰国インタビューで言っていた通り、「一部を切り取って捻じ曲げた」報道が多い。

特集から伝わってくるのは、羽生のファンとはいい歳してミーハーの「オバさん」だったり、出待ちなどする行き過ぎた勘違い「女」であるという嘲りだ。

 

実際、ジャーナリストの森田浩之氏のツイートから飛んで、「政府は国民栄誉賞を政治的に利用しているのではないか、金メダリストの私物化は許されない」というコラムを読んだが、コメントには「授与すれば羽生信者を取り込める。政治に無関心なオバサン連中を敵に回す道理はない」と書く人がいて、羽生ファンが「オバサン」ばかりと思われてしまっている感は否めない。

「オバさん」ではなかったとしても、ツイッターでは政権による「女」の人気取りだろうと呟く人が散見される。

 

確かに、羽生ファンの中には実際に首相官邸にメールを送り、「羽生選手は国民栄誉賞に値する人です!!」と主張して「共感するあたたかな返事を頂いた」と素直に喜んでいる方、それに賛同される方が相当数おられるのも事実だ。

確かにまんまと国に、政府にご機嫌を取られている気もする。

 

メールを出した方々は疑問や批判の声に対抗し羽生選手を守ろうとされたのかも知れないが、なぜ今回はこんなにも疑問や批判が大きいのか、根源的な原因はなんだろうと私は考えてみた。

 

もしも国民栄誉賞を貰うのが平野歩夢だったなら。水泳の北島康介だったならどうだろうか。

世間の反応はここまで疑問や批判の声が大きかっただろうか?

そんなことはないはずだ。 事実、羽生の国民栄誉賞授与への疑問や批判を投げかける多くの人は、体操の内村や柔道の野村、水泳の北島を引き合いに出して「この人たちが授与されるのであれば正当な賞だ」と騒いでいる。

 

国民栄誉賞の条件は「偉大な功績を収め」、「広く国民に愛された人」であるという。

「広く国民に愛される」ということは、当然「老若男女から愛される」でなければならない。

 

けれども、今回のオリンピックでの功績後、「我々男性も(羽生選手への応援を)負けてられないな」とツイートしていた男性がいた。

つまり、裏を返せば羽生ファンは女ばかりで、「広く国民に愛され」ていないことになる。または、愛され足りていない。

それは何故だろうか。
 

 

そもそも、フィギュアスケート自体男性ファンが極端に少ない。

試合会場の観客席を見れば一目瞭然だが、圧倒的に女性ばかりだ。

 

この、「騒いでいるのは女ばかり」で、「しかも競技・対戦を楽しむより、選手自身を愛して楽しむものである」というフィギュアの在りようが、男性に「フィギュアには興味がない」「フィギュアは見ない」と言わせてしまう原因の一つかも知れない。

 

さらに、羽生ファン、フィギュアファンに男性が定着しない理由は、大きく分けて二つあると思う。


一つは、「フィギュアでの五輪連覇」や「羽生の凄さ」がスポーツ史に残るほど偉大であることが伝わりづらいという点だ。

 

 そんなことない、フィギュアファンには男性もいる。「真央ちゃんは男にも人気じゃないか!」と言われるかもしれないが、浅田真央や本田真凛のメディアでの供給を見ても分かるように、難しいフィギュアのルールやプロトコルを求めている「男性」など殆どいない。

ユーチューブのコメ欄などは、「可愛い」「癒される」「衣装エロい」「太もも気持ちよさそう」などという内容が大半を占めていたりする。

ほとんどアイドルと同じ扱いだ。

 

男子フィギュアも同様、つい最近までは誰もプロトコルやルールのことなど話していなかった。

戦略についても同様に、「点数稼ぎ」などとまるで計算することが腹黒いように言われていたし、今も言われ続けている。


それでは男性客は集まらない。

スポーツなのに点数稼ぎや戦略も語れないようでは、つまらないからだ。

 

それに、体操やハーフパイプのバク転やバク宙に当たる「カッケー!!」と言えるジャンプ要素の評価が、ほんの数年前までおろそかだった。いわゆる「4回転を飛んでも勝てない時代」が長かった。

 

私自身の経験で語ると、男友達は「採点競技は表現がどうとか言うし、芸術点は審判によるし基準が曖昧だから嫌い」

「ただ演技でバク宙してる選手がいて、あれは面白いって思った」

「あと(昔の)プルシェンコのジャンプはすげぇ。何でみんなもっといっぱいジャンプしねーの?」と言っていた。

高度なテクニックで身体的な強さや凄さを見せ付けるジャンプがなければ、男性はスポーツ的な偉大さを感じないのだなと思った。

 

けれども、「演劇的芸術」「表現力」ではない、体操の内村などが「身体能力」を使い「技術」をより美しく見せる「芸術」は、男性にも受け容れられているようだ。

 

個人的に、国民栄誉賞を授与したい功績の一つなのだが、羽生は内村のように、難しいジャンプを飛ぶという「身体能力」を見せつけ、「技術」を磨き、それを「芸術」として見せることができる。 

男子がスポーツとしてときめく方向性へフィギュアを牽引したということだ。

 

しかもファンを調教するのがすこぶるうまく笑、フィギュアの複雑なルールと採点表を大多数に知らしめたところも大きかった。

それはそのままメディアにも影響し、スケヲタではない多くの一般人がスポーツとしてのフィギュアを深く知った。

 

そしてさらにオリンピックという男性も認めうる機会で金を二度もとった。


そのため、今回はずいぶん男性アカウントのフィギュア・羽生関連ツイートを確認できたと思う。

 


さて、男性ファンが定着しないもう一つの理由としては、ジェンダーの問題がある。


フィギュアの世界は織田信成が言っていたように、「女性社会」だ。

そこで育つ男子は女性性に染まりやすく、ゲイやジェンダーレスな競技者も多い。

ゲイではなくても、男性が男性らしくあろうとするため、普段は隠している内なる女性性が前面に出る。


そこにも、男性がフィギュアを敬遠する原因があると私は考える。


男性性は生まれ持ったものではなく後天的に形成される危うい自我のため、女性性が強いものは自身の性的自我を覆す恐れがあり、男性にとってはおそろしいのだ。

 

ひときわジェンダーレスな羽生自体に男性ファンがつきにくいのはそのせいだと思われる。

 

とかく男性は「お前男の癖にフィギュアなんかすきなのwwww」「しかも羽生すきとかwwwきめぇwwww」と言われるのを恐れている。

よく羽生の動画などにくっついてくる「オカマかよ」「こいつゲイなの?」などというコメントは、そうした男性の心理から来るものだと、私は思う。

(もしも女性でジェンダーレスな男性をからかうとしたら、ただ嫌いで悪口を言いたいか、何か性的な部分で自らも病理を抱えているのだろう)

 

それが、国別対抗オリンピックとなると男性が「あ、これだったらフィギュア見ても、羽生を応援してもゲイ扱いオカマ扱いされないかな?」という意識が働いた。

そのため、ツイッターでも羽生はずいぶん男性に認められたなーと感じた。

 

 

それでも、手放しで国民栄誉賞を喜ばれるほど「偉大な功績を残した」とは思われていない。

男女に関わらず「広く愛され」てはいない。

まだまだ、男性はフィギュアのことも羽生のことも認めてはいない。

 

今回、二歩も三歩も進んだけれど、

さっすが羽生結弦だと思うけれど、


羽生にはまだこれから先も続く「伝説」がある。

 

きっとこの先もっと、手放しで国民栄誉賞を喜ばれる日が来る。

 

男が「北島」「内村」「野村」と名前を並べ、手放しで認める日が来る。


国民栄誉賞の選出基準も明確になり、今より価値が上がっているかも知れない。


だから私は受賞を延期して欲しい。引き伸ばして欲しい。

 

なるべく遠い未来まで。

 

 

 


 

蛇足ですが。

「男性ファンを獲得しない限り、フィギュアは永遠にスポーツとして認められない」

私は昔からそう思っていました。

 

いかんせん女性の地位が低いからね…。

女が「これいいよ!面白いよ!男もどうよ?」と言っても、広まらないのよ。

宝塚も少女マンガもそうだけど。男性文化は女性にも浸透するのになぁ。

 

誰かに対し無償の敬愛や愛情を傾けられる女性の能力は「追っかけユヅリスト」「女がワーキャー騒いでる」という評価でしかないし、(男性ばかりの)政府は「ユヅ褒めとけばいい。政治も分からないおばさん、女の人気取りはちょろいぜ」と思っている節がある。

 

そして、男子選手は「男の癖に女みたいな奴・衣装」と馬鹿にされがちで、女子選手は「アイドル化・性的消費される」のがオチ。


ありとあらゆるフィギュアの問題には、女性の地位の低さが絡んでるよなーと思います。

 

本当に根が深い。

せめて「女はこれだから」と言われないよう、妄信的にならず、社会的、政治的に物事を見られるようになりたいと私は思います。


 


 


 


 


 


 

おしまい。


 


読みづらいへたくそ文章ですんません。


 

あースッキリしたっ!!!!