自分を愛せないのは、〇〇のせい?!
自分を大切にするって、色んなところで言われてますよね。ありのままの自分を受け入れる。どんな自分も愛してあげる。それができれば、どんな人間関係も仕事もうまくいくようになる。確かにそうなのですが、そう言われてなかなかできないから悩むわけです。できているようで、実はできていないという人も結構いたりします。最近友人と話していて、それができない原因のひとつについて思い浮かんだので、今日はそのことについて書いてみますね。それは「癒着」を見ていた時に見つけました。癒着とは、相手と自分の間に健全な境界線を引いていない状態です。自分の状態が相手の状態次第で左右される関係です。「個」としての尊厳が軽く扱われているのですが、お互いの間では、全てを分かり合っているような、不思議な連帯感があります。他の人が入って来ることを好まない閉鎖的な関係で、嘘や隠し事が多くなりがちです。私は、昔の家族のパターンから、自分に癒着になりやすい傾向があるのを感じていました。本来、感受性が強く、その場のエネルギーに影響を受けやすい体質があったのもありますが、関係性が近くなるほど、そうなりやすい癖がありました。家族関係、友人関係、男女関係、それぞれで出方は違いましたが、一番悩んだのは男女関係でした。「相手をがっかりさせたくない」「相手に嫌われたくない」「相手に必要とされたい」そんな気持ちから、客観的に見れば不当な扱いを受けている状況にいたとしても、そこに甘んじてしまうのです。周りから指摘されても、「そんなことない」「大丈夫」と思うのです。でも、癒着の関係を続けていると、遅かれ早かれ、傷つく出来事がやってきます。そこで、向き合うことをせずにまた同じ状況に戻るか、「裏切られた!」と被害者になって切り離すか、たいていどっちかになります。そうすると、相手が同じだろうが変わろうが、また同じようなことを繰り返していくことになります。ある日、そんなパターンが自分にあることに気づいて、「いい加減やめたいな」と思ったわけです。相手に対して怒りも湧いてきていましたが、それをぶつけるのではなく、「自分を大切に扱って欲しい」ということを伝えました。一回ですっきり改善とはいかず、進んだり戻ったりしながら、何度か繰り返し試みました。でも、どうも抜け出せないのです。そんな中、他の人にある癒着の部分を見ていた時に、とても嫌な感じがしました。怒りが沸々と湧いてきたのです。それを見てみたら、自分自身に対しての怒りでした。そんな立場に自分を置くことを許していた自分自分を傷つける選択を繰り返していた自分そこに直面したら、自分で自分が情けなくて、悔しくて、みじめでした。そんな自分を認めて、その現実を受け入れた時に、初めてその状況に「もうこんなのごめんだ!」と心底思う事ができたのです。すると不思議なもので、「私には自分を大切に扱ってくれる関係がふさわしい」と自然と思えたのです。それまでは、自分を大切にすることよりも、相手との関係性を壊さないことに意識が向いていたばかりに、知らず知らずのうちに本当に感じている感情を抑え込んでしまっていたんですね。なので、頭で「自分を愛そう」と思っても、反対の現実が繰り返されていたわけです。でも、自分に直面したことで、その現実は「もういらない」と手放すことができました。自分を愛する前に、いかに自分が自分を愛していなかったかをしっかりと見る必要があったんです。そして、そんな自分を責めるのではなく、「そうだったんだな」「頑張ってたけど、あの時は仕方なかったんだな」と優しく見てあげること。ありのままの自分を愛するって、そういうことの繰り返しですね。どんなことがあっても、どんな感情を感じても、自分が自分の味方であることをやめないこと。それって、自分自身とのパートナーシップを築いていくことだなって思います。一朝一夕にはいきませんが、それをしていくと、人とも対等ないいパートナーシップを築いていけるようになりますね。ハートの力を取り戻す無料講座ハートの力を取り戻す体験講座ハートの力を取り戻す1DAYセミナー