//尺.Iの陰陽思想

その質、民明書房に遼か及ばず その信憑性、民明書房に遠く及ばず

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明人待

明人待(あきとまち)…


これは万里長城の北方に位置する匈奴族、モンゴル部族など騎馬民族に伝わる風習である。


ヒトが生きていく中には、様々な悩みや願いなどあるものであるが、


神仏などを信仰することで、解決することができる場合もあるとされる。


この風習はその部族の族長の家である包(パオ)の周りを周回し、


同時に自身の現状の理解、過去の贖罪、未来の創造を行ない、


精神を統一することで、神の御告げを聴くことができる、というものである。


見事御告げを聴くことができた際には、神々しい光を受け、


また自身も自信という明るい光を得られることから、明人待と呼ばれている。


記録史料を見ると、この風習に関する記述を数多く発見することができるが、


具体的に何回ほど周回すればよいのかなど定かではなく、


参加者の様相が異様であるためか、


現在ではその風習を見ることができなくなってしまった。


風習について、現代の研究者の多くにはあくまでも「ブラシーボ効果」であると考えられ、


日本でいうところの「お百度参り」のルーツとしても研究されている。




釈愛書房刊『誰かの願いがかう頃に祭』より

世名抜怨改

世名抜怨改(よなぬきおんかい)…


古代中国において己の声をも武器とする武術は数多くあるが、この奥義もその中の一つである。


この技の極意は、高音から低音まで、高速から低速まで幅広い種類の声を発することにより、


己の感覚を作り上げ、敵の感覚を狂わせることである。


この奥義に関する記述は宋代を最後に途絶えてしまったが、


最近その継承者と見られる演歌歌手が発見され、


その演歌歌手は、非常に強い「コブシ」を持っていたという。




釈愛書房刊『実践!拳闘士入門』より

物真似

物真似(ものまね)…


現代でこそ「宴会芸」に成り下がった感のある物真似であるが、


源流は三国時代に勃興した武道の流派の一つであった。


その創始者はディエン・ウー(田宇という漢字が当てられている)という武道家である。


ディエンの出身は、万里長城を遥かに北上した雪国と記されているが、定かではない。


彼の技能として、一度聞いた人の声を完璧に再現できるという恐るべき能力が挙げられる。


また、応用として声の主そのものになりきって、その全てを知ることができたのである。


この能力を時の権力者である魏の曹操に買われ、敵軍の撹乱工作に従軍していたのだが、


現在の歴史書ではその名を消している。


ちなみに曹操の信頼を表すように、ディエンには「貴」の一文字が贈られているが、


彼は「中華の史(歴史の意)に貴の一文字が残せれば、私の名など無用です」


と、残している。


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          ト.::::::::::::::::::;;/i l |オ __../ / |;;;;;:::::::::::::::::::::::::::::/::i

                               ディエン・ウー [Dian-wu]

                                 (?~? 中国)




釈愛書房刊『中国武道家列伝 3 魏晋南北朝編』より

反先唱

反先唱(はんせんしょう)…


敵に不意を衝かれ攻撃をされた時、いかに鍛え抜かれた武道家といえどその対応は困難である。


だが、如何に不意を衝かれても、完璧に対応できる武道家が中国に存在していた。


その武道家は、不意を衝いた敵に対して、「那!」という大音声を放つのである。


これには二つの効果がある。


一つは、敵に対し衝撃を与え行動不能にすること。


もう一つは、不意を衝かれて動揺する己の精神を、気を発することで安定させることである。


一見単純な技に見えるが、無防備の状態から、


相手が攻撃を繰り出す際に生じる一瞬の隙を見つけ技を発するには、


相当なセンスと、己の動揺を最低限に抑える精神力が必要不可欠である。


この武道家は秦漢期の人物だという事が知られており、


姓名、性別、生没年などは全て不明であるが、一つの通り名が残されている。


龍の鳴き声の如き大音声と、後手の状態を先手に返す技から、


「一龍(イーロン、一番目の・先手の龍の意)」という通り名がついた。


二千年前の人物故に、今ではその奥義を確認することはできないが、


未だに継承され続けているのではないか、とする説もある。


また近年、人が驚いた時につい「なっ…」と口走る行為が、


一龍の「那」の名残であることが、多くの研究家たちの調査で判明した。




釈愛書房刊『中国武道家列伝 2 秦漢帝国編』より

ミンティアは普通のラムネです。怪しい物ではありません。ちなみに私はワイルド&クールが好きです

民地阿…


秦代の中国、後に漢の高祖となる劉邦は、


秦と戦っていく中で、兵の疲労に困っていた。


疲労することによって、進軍の速度が遅くなるからである。


そこで劉邦は、兵の疲労を回復するために薬師を探した。


そこに現れたのが阿安(字:佐飛)だった。


彼の作った薬を用いた兵は、


その清涼感に包まれて大いに士気が上がったという。


これが後に漢が中国を統一できた一因だったのだが、


現在には正確に伝わっていない。


後に、劉邦が阿安に恩賞を渡そうとした際、


「民のための地、阿安の宝です」と言って固辞したのは、


驚嘆と言うしかないだろう。


また、阿安の作った薬は彼の言葉から、民地阿と名づけられおり、


「ミンティア」という清涼菓子との関連性が、


現在学会で議論の的となっている。




釈愛書房刊『世界薬学大全2005年度版』より

お金で買えない価値がある

以前書いたことだが、太古の昔、石は貨幣として使われていた。


また、石には神が宿っている、と考えられてきた。


アニミズムという思想である。


しかし、現在では石に価値はない。


玉石混合という言葉があるほどである。


では、なぜ石に価値がなくなったのか?



簡単に言えば、他に価値のある物質が出現したからである。


金・銀といったものがいい例だろう。


一般的な見解はその通りだろう。


しかし、私の考えは異なる。


私は、この石に陰陽の変化を感じる。


つまり以前の石は陽の性質であったのが、


現在では陰の性質へと変化したのだ。


その比較の中で、金や銀は、


石よりも陽の要素が濃くなったのである。



新しい石より、古い石の方が陽の要素が濃い。


これが結論である。

名前

人の名にも陰陽の要素がある。


無論、あくまでも「名」であって、人の本質とは違うものである。


例えば姓だけを考えても、例外で無い限り、自分の親兄弟・親戚、その他の一族など、


同じ姓を持つ人物は、果てしなく多い。


例えば「張」という姓がある。


これは世界一多い姓で、日本の人口に匹敵すると云われている。



以前挙げたように、単語の名前そのものにも陰陽の要素がある。


それが、人の名にも影響するのである。



ただ、一つ忘れないでほしい。


名はあくまでも名、人の本質とは関係のないものである。









名はその存在を示すのだ。


ならばもし、それが偽りだったとしたら?



それが偽りだとしたら、


それはその存在そのものも偽り、


ということになるのかな?



尺.I君。


いや…

ほら、あなたにとって

広い宇宙の 数ある一つ から、森羅万象全てのものを構成する陰と陽。


今回はその「土地」との関わりについて、考察する。


この地球にある「土地」という概念、それを大まかに分けると


「大地(山)」と「海」の2つに分けることができる。


私は大地を陰、海を陽と考える。(本来は「水」が陰ではあるが)


根本的に、陰は「冷」、陽は「熱」というイメージともいえる概念がある。


古来より中国では温暖な南方に海岸線があり、


寒冷な北方は山岳地帯だったことからも、それは推測される。


四方を海に囲まれた島国の日本と、大陸の中国とは異なる点も多いが、


ここでは陰陽の発祥である中国をベースとする。




次に大地に関連する要素について考える。


現在「森林浴」といい、山・森・林などを訪れて、


マイナスイオンなる要素を得ることが健康とされているが、


このマイナスイオンとは無論、陰の要素を表したものである。


「陰の力」といってもいい。


山・森・林。いずれも陰の要素を持つ場所である。


逆に陽の要素を持つ地もある。


例えば「河原」が挙げられる。


「賽の河原」と聞くと陰かと思われるが、その逆である。


賽の河原にいわれるように、河原には石がある。


古来、石は貨幣として用いられており、


陽は商売で利益を意味する。


現在では陽の要素も少ないかもしれないが、


石の多い河原は陽の場所である。


(余談だが、この事から「金」も陽の要素があると思われる)




以上が土地に関する考察である。


(何かレポート風…)

paoとは?

このブログのアドレスに入っている「pao」という単語。


これは「パオ」と言い、「移動できる住居」のことを指します。(本来はゲルという)




意味としては「ホーム」とか「ハウス」でも同じですが、


扱ってるテーマから「中国」っぽくて、


発音の気に入った「パオ」という単語を使うことにしました。



ただそれだけです…

人と物に関わる要素

個人的な考えですが、人は男女の性別と関係なく「陰」と「陽」の


いずれかの性質を持っていると考えます。


そしてその性質は一定ではなく、常日頃変わっていくものです。


その日の調子、現在の人間関係など様々な要素によって、それは変化します。



また、「物」にも陰陽の性質があり、人と関わることによって、その人に影響を与えます。


例えば「煙」というものがあります。


実体を持たない煙は、拡散しやすく、重量が軽いという「陰」の要素を多分に含んでいます。


社会の中では煙草などを例として挙げることができます。


陽の要素を持っている人が陰の要素を持つ煙草と関わることで、


「陰」の人間となる、と考えられます。


(ここで紹介している陰陽とは、そのまま善悪といった要素とは関連しません。

故に、陰の要素を含む煙草が「悪」ということではありません)


しかし陽の要素が非常に強い人の場合は、陰の要素の少ない物と関わっても、


影響を受けにくい、という事もあります。



ただ、人や物の持つ陰陽の要素を数字で表すのは困難なので、


これからの紹介のなかでは、大まかな表現を多用させて頂きます。