今でも忘れることのできない詩があります。
その詩と出会ったのは高校の頃でした。
書いたのは盲目の詩人。
その方は年を重ねてから視力を失ったそうです。
そして、視力を失ってから
絵を書きはじめたそう。
単純にその事実だけにも心を動かされました。
自己の再認識というのでしょうか。
暗闇の中でこそ自分を
見つけ出すことができるのかもしれません。
この詩に出会った当時の自分は、
何事も卑屈に考えるところがあり、
その現状を打破できないことに滞りを感じ。
そして、モヤモヤとした毎日を過ごしていました。
五感のひとつを失っても
美しい言葉と絵を書き続ける彼。
それに比べ、ただ現状に満足できないと
嘆いているだけの私。
精神の違い、心の度量。
その詩はちっぽけな私に、
痛いムチが打ち、思いを高ぶらせました。
このままではいけないと。
こんな感動は、正しいのかどうかわかりませんが、
その生き方やあり様に、新しい勇気をもらえたのは事実です。
「オレだってできる、君だってできるのではないか?」
彼の詩からでしょうか、
それとも生き様からでしょうか。
たくさんのヒトが、こういった方法で、
勇気をもらえあのではないかと思います。
とても学ぶことの多かった詩人でした。
その人の詩を、ぜひここで紹介したいと思うのですが
残念ながら、名前を思い出すことができません。
その詩も、思いだすことができません。
しかし、その人の詩の中に、
ひときわ変わった詞がありました。
詩の内容は、こんな内容です。
「私の周りにいる人たちは、こんなにも美しい人なのに、
どうして私はこんなにも汚れているのだろう。」
この詩を今、もう一度読みたい。
なぜ作者はこう感じ、
そして、なぜこの詩が評価されたのか。
きっとこれからもわからないままかと思います。
当時から8年はたちました。
あの詩には、もう出会うことはありませんが、
(せっかくブログを読んでいただいた方にも
知っていただくことは出来ません。ごめんなさい)
しかし、こういったもう出会えない詩を
思うこともある意味、感慨深いものです。
出会えないからこそ、
答えがわからないこらこそ、
今もきらめくことを思い出になることは
人生でたくさんあると思うからです。