K子は結婚前から子供のできない体になったらしい。

ストレスからなのか子宮頸がんを患ったのが出会う1年前。

出会ったときはすでに手術で子宮の入り口で子供を支えることができないらしく

95%子供はできないということを本人から僕は聞いていた。


結婚を異常に意識していた僕はそれでもK子と結婚したいと思った。

自分を納得させ、親を説得し、一生子供のいない生活を送ろうと思った。


その治療は初回術後5年以上は続くらしく、

結婚してからも続いた。

本人は女性を無くさないことが最後の抵抗だったのか、

以降、全摘と言われてもそれを拒み続けた。

1年に一度は行われる入院検査と手術。

その度に泣かれた。


「私死ぬかもしれない。死ぬのは怖い」

「まだまだやりたいことはあるのに」

「もっとずっとあなたと一緒に居たいのに」


泣かれて、そんなことを言われて子供ができないなんてことよりも

一人の命の大切さを重要視しようと思って日々を過ごした。


出会ったのは8年前の秋。
今で言う「ゴルコン」だった。
3組のコンペ。1泊の泊まりで・・・・。


なぜかK子とは初対面なのに行き帰り同じ車で2人っきり。
片道2時間くらいの道、良く会話がもったなぁ。
今思えばみんなのワナだったのかもな。




その頃は独身生活を満喫していて、
彼女も居ながら合コンもして、
彼女とは別のガールフレンドもいたり。
遊んでました。


社会人生活もそこそこの年月が経ち
そろそろ結婚も、できれば30までにはしたいな、なんて思ってたかな。
会社の男の先輩たちが30代半ばになっても結婚してないのを見て

なんで結婚しないんだろうなんて感じてた。




そんな時に現れたのがK子。
急展開で3ヵ月後には同居開始。
半年で入籍。


それまでのようにじっくり考えて行動すれば良かったのか・・・・。

幸せな家庭生活を送っていたはずだった。

年に1回か2回の海外旅行、友人夫妻とのドライブやゴルフ。

結婚7年目を迎え、子供こそいなかったが、

流行りのDINKで悠々自適?の生活を楽しんでいたはずだった。


ただ夫婦の関係はもう2年になるか、何もない状態。

まだまだ若いK子は物足りなかったのだろうか・・・・。

僕はといえば、結婚当初から子供のことはあきらめていた。

とはいえ、やはり自分のDNAを残したい、という気持ちは

どこかに持ち続けていた。



ある夏の夜いつものようにくつろいでいると、突然K子が言い出した。


K子:「私たちこのまま生活を続けてても意味がないと思う。」


僕:「・・・・・」


K子:「私は別れて家も売って、二人が別々に新しい道を歩んだ方がいいと思う。」


僕:「そんなこと突然言われても・・・・・。」


K子:「私にとっては突然じゃない。ずっと考えてた。私と居ても楽しそうじゃないし、

平日は夜遅いし、週末だって最近はバラバラ。」


いやいや、今年になって営業に移って接待ばっかりなのはK子だし、

夜遅く、大体2時とか3時くらいにならないと帰ってこないのが

週に2、3回なのはK子だし、週末エステに行きたいから、ジムに行きたいから

勝手にスケジュール埋めてるの、K子だし。

思ったけど、その場では言えず・・・・・。


僕:「この生活に不満はないし、今度の旅行も楽しみにしてるし、

K子のことを何よりも愛してるし、今すぐどうにかしろなんて無理!」


その日はそれで終わった。

考えてみればこれが長い長い騒動の始まりだった・・・・・・・。