宇宙から見た惑星
惑星から見た地球
地球から見た世界
世界から見た日本
自分が見る世界・自分が感じる世界・自分が生きる世界は宇宙のほんの一部であり
自分が生きていることで影響が及ぶものはごくわずかの周りの人間だけだ。
当然、生きていてもいつか死に至った時も同じ解釈に辿り着くはずだ。
つまり、自分は何のために生きているのか?
答えは恐らく見つからない、考えられるのは自分の影響が及ぶごくわずかの人間のためだと
いうことぐらいだが、それすらも偶然的に発生することばかりだからだ。
結局はどれだけ突き詰めても、本当の意味での存在意義は宇宙に対してまで対象を広げて
しまうと無価値なものだと気付かされてしまうだけだということだ。
宇宙には恐らく様々な生命体がいるだろうが、宇宙は永遠に続くと言われるほど広大なため
たまたま遭遇しないのか、または生に対して一定以上の知能を有した生き物は人間しか存在
せず、勿論文明すらも存在しないため発展途上がないからなのか。
だが本当にこの広大な宇宙の中でそんな生命体は人類しか存在しないのか?
どうせ確認する術はないんだが。そんなことを思いながらこのブログを書いている間も世の中
や世界や宇宙の時間は等しく過ぎていて、自分の想像の遥か上をいく出来事が正に今起こる
ということもあり得ない話ではないんだろう。
自分が生きているこの時代は人類史の中でどれぐらいの位置付けになっているのかは非常
に興味がある。まだまだこれから1000年ぐらい歴史は続いていくのか、または、あと数十年後
にはもう人類は滅亡しているということも絶対にあり得ないということはないはずだ。
今、はっきりしているのはこのまま地球に暮らし続けるのは不可能で必ずどこかで限界点が
やってくるということぐらいか。その時に地球以外の惑星で人が生息できる、イコール人類史
が続いていることも絶対にあり得ないということはないはずだ。
人類の根本的な思想として生を継続させるという考えがある以上、これからどこかのタイミン
グで発生する人類史の転換期や新たな創生期にはその時々のキーマンがいて何とか生を
継続させていくんだろう。
ここで改めて最初の疑問を思い出す。
自分を含め人間は何のために生きているのか?
決して人類は滅びるべきだとかそういった話ではない、自分も出来れば長生きしたいし、子供
や孫にも長生きをしてほしいと思う。
ただただ、単純に疑問を覚えているだけだ。
もう少し歳を重ねれば、そんなくだらないことをいつまで気にしているのかという感覚を持ち、
やっと解決出来ることなのかもしれない(解決にはなっていない)が、今唯一思うことはそれは
自分が死ぬ時にやっと理解出来るんではないかということだけだ。理由は単純で、恐らく死の
直前に自分の人生を思い返す感覚(俗にいう走馬灯というもの?)が訪れるのだろう、その時
に自分が何をして何を残したかというモノが最終的には自分が生きてきた意味と直結するは
ずだからだ。
と、ここまで色々書いてきたが、自分が思っている以上に宇宙というものは実はもう身近なも
のになっていて、もしかするとほんの数年後には資力さえあれば宇宙旅行とかが普通に可能
になっているかもしれない。本当にすごい世界だ、そして人間は本当に賢いなと思う。
僕もそれぐらい賢ければまた違った人生になっていたんだろう・・・