ニートな日々
 
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現実可能なニートになる!!

 はじめまして、karaです。
 ここは「ニートになるにはどうすればいいのか」という、世間からは冷たい目で見られるような議題について考えよう~、というブログです。といっても私はディベートする気はありません。つまり、ニートの賛否について云々と主観的に考えることはしません。ニートになるにはどうすればいいのか、その方法論をみなさんと仲良く話し合って、ゆくゆくはニートになろうぜ、という主旨で進めていきます。
 さて、ここに来てくださった人はもちろんニートとはどんなものなのか、曖昧ながらも理解しているとは思います。ですが、私が理解している「ニート」という意味が一般的に広まっている意味とあまりにもかけ離れている可能性があるかもしれません。もしそうであるのなら、今すぐここで「ニート」について色々と書いても不毛になってしまう恐れがあります。ですので私なりの、ひどく個人的な「ニート」についての根本的解釈を示す必要があるでしょう。少し長くなりますが、どうか耐えてくださいw

 まずはじめに「ニート」とはそもそも何語?何かの略?ということについては省きます。いきなり私の「ニート」という言葉の解釈を示します。ニートというのは、「労働せずに現代の生活様式でも生命を維持して、金銭的に不自由のない日々を送る」現象のことです。なぜ「人」ではなく「現象」と表現したのか、それはニートにも様々な解釈があるので、一概に「人」と表現すると個人的にしっくりこないからです。もう一つの理由としては、私がなりたいのは「ニート」ではなく、「現実可能なニート」になることで、これについての詳細を後から書くための線引きとして「現象」と表現したのです。つまり、わたしは「ニート」という現象を指をくわえて見てるだけなのはイヤなので、「現実可能なニート」という人になりたいのです。現実可能ならばなれるんです。わかりやすく言ってしまえば、ニートは天才で現実可能なニートは秀才なんです。天才にはなれないけど秀才にはなれます。そういうことです。
 上記には「労働せずに現代の生活様式でも生命を維持して、金銭的に不自由のない日々を送る」と書きましたが、なぜこういう表現をしたのか。それは例えば、中世の貴族社会に貴族として生まれればニートになれるかもしれないからです。幸か不幸か、私たちの生きている現代は、労働すればなんとでもなります。最初から運命が決まっているわけではないのです。貴族として優雅に暮らせるかもしれないし、奴隷としてモノになって何かあれば殺されるかもしれない、なんてことはないのです。正社員でも非正社員でも、頑張って貯金していれば、おそらく餓死することはないでしょう。確かに現代でも不平等な諸事情はありましょう。ですが、少なくともこうやってネットを覗いてる人たちは、今すぐ労働してコツコツと貯金をすれば、餓死はしませんよね。
 しかし、そんな平和な日々を送っている我々は、欲張りながらニートになりたいんです。そう、労働すればなんとかなる時代で、逆に労働しなければなんとかならない時代で、そんな時代で労働せずに生きていきたいなんて、甘いんです。無理なんです。だから現象なんです。もちろん超がつくほど裕福な家庭に生まれて、とりあえず大学に進学して、まあ就職しなくても親の財産があるや、なんて人もいるかもしれない。でもそんな人がこのブログを見るはずがないんです。ここは「ニートになるには」、というハウツー紛いのブログです。ビルゲイツが自分より財力がない人の書いたビジネス本なんか当てにするわけありません。そういうことです。だから「現実可能なニート」と表現しました。
 「現実可能なニート」とはなんだろう。これを見てる人は様々な環境で育ったことと思います。みんなにニートになってもらうためには色々と妥協しなければならないことが多いです。よく、三十分で一億稼ぐ方法、とかいう本が売ってます。パラパラとめくると、「まず百万の資金を用意して~」と書かれてます。確かに日本人の貯蓄額を考えると、一般論として考えられないこともないですが、それでは百万の資金をすぐに調達できない人には無理な話となります。ですが、ここで考えていく方法論では、だれでもニートになれるようなハウツーにしたいと思ってます。
 誰もがみんな、労働せずに生命を維持していける、そんな生き方(もちろん現実可能な生き方)をニートとしてここでは捉えます。これから色々と模索していくなかで、この「現実可能」という条件を忘れてはいけません。現実不可能ならば、妄想で終わってしまうからです。ですので少し長くなりましたが、この唯一の「束縛」を感じながら自由なニートになるために、このブログを開設しますっ。