もともとこの場所には古い木造のアパートがあった。
痩せたおじいちゃんと、目が明いているのか、閉じているのか分からないお婆ちゃん
そして娘を連れて出戻ってきた若いお姉さんが、大家さんとして暮らしていて
私は二階の三畳一間6000円の部屋を間借りしていた。
右隣には最初若い男がいた。時より女を連れ込んでいたが、壁が薄く、声が
激しく漏れて、女の息使い、喘ぎ、うめき、ああああ!といううねりが、完全に伝わり
私は、息を殺して耐えた。北海道の田舎から出てきた二十歳の坊やには、あまりにも
強い刺激で、毎夜のように強い都会の刺激を浴びた。
私も一緒になって擦ると、私の声まで漏れそうなので、タオルを咥え、耳から指から
押し寄せる快楽と官能の荒波に、揉まれるままに、都会の夜を流れた。
そのうち、男は消えてしまった。
かわりに私が、女を連れ込むようになった。専門学校の同級生。フミと言う名前だった。
太ってメガネをかけていた。どんなきっかけかは忘れたが、いつの間にか私のアパートで
裸になって、煙草を吸っていた。学校で落ち合って、授業をさぼって喫茶店に行って
アパートに入ったら、すぐに裸になってお互いの性器を咥えあっていたが、あるとき
ラブホテルに行ってみようと提案して、タクシーを使って行った。
しかし・・なぜか面白くなかった。なぜだろう?
彼女の冷たいお腹の上に射精したが、「ねえ、テッシュ取って」と言われた時
急によそよそしい雰囲気になった、それまで舐めたり、呑み込んだりしていたのに。
やっぱり・・三畳一間でなければだめなのだ。狭い押し入れ、薄い壁、貧しさと
切なさは、ここで生まれていたのだ、だから激しく抱き合うことができたのだろう。
気どったような場末のホテルで、我々は気まずく、別れた。本当に別れた。
46年も経つと、なにも残ってはいなかった。
ただ、一輪の赤い薔薇が、風にもそよがず残っていた。
