田舎で仲良く支えあって暮らしていた両親
母の認知症が急に進んで
父の言ってることも理解が出来なくなった
母が、わけがわからなくなった日
昼間に電話で会話をしたのが
母が私を娘と理解してした最後の会話となった
母は私の名を呼び、元気でいなさいね!
元気が一番!と、とても元気な声で話していた
父一人では、母の世話は無理になったので
母は施設に入る事になった
面会に行くと、父の事はわかった様で
お父さんお父さんと泣き出した
私のことは、誰?とわからなかった
でも、何か感情は込み上げてる様で
寂しそうな、会えて嬉しそうな、
申し訳なさそうに手を握る
20分の面会は、無惨にも仲の良い夫婦を
離れ離れにさせ、お父さんどこ行くの?と
泣く母を置いて帰った
離れて暮らす私をいつも心配してくれた母
私が落ち込んでいる時、声の様子で
母にはわかってしまう
なので、そんな時は電話はしなかった
帰省するのは盆だけだった
帰る時は、車が見えなくなるまで
手を振ってくれる二人の姿はもう見れない
いろんなおいしいものがたくさん詰まった
ふるさと宅急便は、もう届かない
遠くにいても、絶対的な味方がいてくれる事が
どれほど励みになっていたか
あまり電話しなくてごめんなさい
あまり会いに帰らなくてごめんなさい
私がそばにいてあげられたら
まだ施設に入らなくてもいいのに
そばにいてあげられなくてごめんなさい
寝たきりになるまで診てあげれなくて
ごめんなさい
お父さんと離れ離れにさせてごめんなさい
お母さん、ごめんなさい