私の人生のラスボスの正体
 見えた気がする。

 夫に、自分の傷ついた自分の気持ちを
 ぶちまけた2年程前から
 夫との距離を少しずつ離していき
 1人こもり自分の内面に向き合う
 空っぽになっていた私の中に
 好きなもの、楽しいと思うこと、
 心地良いと思う場所、を取り戻す作業も
 少しずつ進み
 
 妻という役割を
 私のすべきことを淡々とこなす日々
 それでも、子供や孫が帰って楽しい時間や
 夫と美味しいものを食べに出かけたり
 十分に幸せだなと思う。

 でも、やっぱり気持ちのすれ違いから
 ケンカにもなる。
 小さな事で夫の怒りスイッチが入る事がある。
 以前とは違うのは、怒らせてしまったのは
 私が悪いと自分を責めなくなったこと。
 夫が機嫌が悪くても、
 知らんがなとほっとけること。
 口論しても分かり合えないのがわかったので
 適当に終わらせること。
 その後、1週間口をきかないとき
 以前は、重い空気にたえられなかったけど
 今は、なんて楽なんだと、
 目の前でごはんをモリモリ食べてやること。

 そして、自分の心を夫には開かなくなったこと。
 会話を広げなくなったこと。
 連絡事項以外、こちらから話をしないこと。
 誰かの悪口をきいても、へーで終わらす事。
 カチンとくることを言われても
 挑発にはならないこと。
 
 冷静になると、
 夫として嫌なことだけじゃなく
 人として嫌なことに気づいてきたり
 でも家族をそんなふうに思いたくないと
 文字に残したり、人に言ってしまうのは
 確信になってしまいそうで避けてきたのだけど
 
 正直、心は棒倒しゲームの棒みたく
 少し残った砂にふらふら立っている
 何かをきっかけに倒れてしまいそうなのだ。
 棒倒しゲーム、砂を足すルールはあったかな?

 その棒が倒れる時、私の人生のラスボス
 現る。
 この敵を倒さないと私を取り戻せないのだ。

 それは…
 夫であり、また夫の背後に取り憑いている
 なのだ。

 私は、小さい頃から自分の意見を言えない子
 だった。
 嫌われたくないのか、
 その場の空気を壊したくなかったのか。
 
 あれは、小学5年のとき
 遠足のバスの2人席で誰と隣に座るのかで
 私は、YちゃんとMちゃんの2人と
 約束してしまい、
 Yちゃんが、自分が先に約束したのだからと
 学級会で訴えたのだ。
 私はYちゃんと座りたかったが、
 Mちゃんは、気が強くとてもこわい子だったので
 断れなかった。
 なので、私は3人で後ろの席に座ったらいいと
 思ったのだ。
 そこで、先生はどちらと座りたいか私に
 問い詰めたのだが、
 私は、2人を前に言う事ができなかった。
 その時の
 「⚪︎⚪︎は、(苗字呼び捨て)
  自分の意見が言えないんだね」
 女性だったが厳しい先生の低い声が
 私の人生、事あることに胸の奥から響くのだ。
 
 大人になって就職しても
 結婚しても
 人に合わせて、自分の思いを言えない時に
 先生のこの言葉が…

 そう、それこそが
 私の人生のラスボス!
 夫の背後に取り憑いている私なのだ。

 棒倒しゲームの棒が倒れるとき
 この生活を失うかもしれない
 でも、今はそれも怖くない気がする
 今では、この場所では、やるだけやったと
 思えてるので

 かかって来い!
 
 だ。