昨日とか今日とか明日とか
小沢健二で急につながったので
当時走り書き(の割にはたくさん書いた)で書いた感想文を
ここに書き起こしてみようかと思います。
とつぜん。
友達の名前とか、おかしな文章とか、まあちょっとは修正します。
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小沢健二 ひふみよツアー 神戸国際会館 2010/6/6 2階いちばんうしろの席。
友達は「いちばん悪い席かもー」って言ってたけど
傾斜で前の人の頭もじゃまにならないし、ステージ見わたせるし、
遠いけどわたしは好きなかんじだった。
始まる直前になっても実感がわかなくて緊張感がぜんぜん無い。
会場が真っ暗になって始まる。
ステージに小さな小さな灯りがあるだけ。
何も見えないまま『流れ星ビバップ』が始まる。
ドキドキする。
演奏が止まる。
まだ真っ暗。
小沢君の朗読。
何年か前のNYの大停電の話。
「テレビはうつらない」「ラジオは流れ続けてる」
「ラジオからの音楽。だれかがギターを弾く。みんなが集まる」
「闇という字は“門がまえ”に“音”と書く」
「暗闇の中で音楽や歌詞がより鮮明に聴こえてくる」
そんな話。
すてきな話だな、そのために今まっくらなのか、と思っていたら
そのあとの小沢君のこの言葉。
「真っ暗闇の中で音楽を聴いていた日のことは絶対に忘れない。
その記憶は消えることがない。」
なんとなくこらえていた涙が、もうあふれてあふれて止まらなくなった。
自分でもびっくり。
過去から今へ、今から未来へ、場所もこえて、すべてがつながっていく感じ。
今日のこと、今この瞬間のこと、絶対に忘れないと確信できる。
ライブとかでわたしは泣く泣く言っててもいつも泣かないから、
この日も泣けないもんだと思ってたのになあ。
ほんとに大好きでほんとにずっと待ってたんだなあ、わたし、って思った。
演奏が始まって(再開して)すぐに電気がついたんだっけ?おぼえてない。
『流れ星ビバップ』から『ぼくらが旅に出る理由』。
小沢君は「みんな歌って!」って仕草をするけど
歌うとまた泣いてしまうんだよー。でも歌いたいよー。ううぅ。
あの真っ暗闇の時間がこの日のすべてだった。
『天使たちのシーン』のメロディーアレンジや
『ラブリー』の歌詞チェンジ(みんなでまず練習)など
なんだかへんてこな小沢君のおかしさは、
あぁ変ってないねとおもしろくてほっとして笑ってしまう。
「みんな歌って!」みたいなのがすごく多くてたのしかった。
本編最後の2回目の『流れ星ビバップ』なんて
最後はお客さんだけで歌って、その中を小沢君はばいばーいってはけていった。
あれはすごく良かったな。昔行ったコンサートと変らない多幸感。うれしい。
時々、亡くなった友達を思い出してた。
一緒に観たかったし、どこかで観てほしかったし、
観たんだよー!観たー?きゃー!って話したかった。
(冬にこのツアーのことを知った時はこの子のことをいちばんに思い出した。
驚いたのと嬉しいのと、でもこの子に言えないさみしいのとで、職場のトイレで泣いたなー。)
でも今だから、この子はどこへでも行けるから、
ここに一緒にいてくれたらうれしいなあと思ってた。
超自分勝手だけど。
新曲の1つ、この子のことを思って、あと、もうひとり空にいる友達のことも、
ほかにもおばあちゃんとかもう会えない人たちを思って泣いてしまった。
なんて歌詞だったっけな。京都でちゃんと聴こう。
そうやってつないで包みこんでくれるんだよ、小沢君は。
ここへ来れてほんとによかった。
幸せをいっぱい感じさせてくれて
またその姿をこんなふうに見せてくれて
そのうえ歌ってくれて
ほんとにありがとう。
帰り、友達と「ツアーが終わったら小沢君死んじゃったらどうしよう・・・」って話す。
こわいけど、でもいつでもその狭間にいる人のように思う。
(
補足:この心配は、京都で小沢君の表情が見える席で見れたから全部ふっとんだ。 明るくて元気で楽しそうで強い小沢君を京都で見たのでした。ははは。) 小沢君は、何を伝えたくて、こうやってまた歌ったり言葉を伝えたりするんだろう?
冗談半分で、お金なくなったんでしょ?出稼ぎでしょ?とかいっぱい言われるけど
でもそれだけの理由でここまでの素晴らしいショーをするかな?できるかな?
それ以上、もしくは、そんなことでない、今するべきだった理由って何なんだろう?
あ、そうだ。『天気読み』のアレンジがかっこよかったような覚えが・・・。
京都で2回目観るまでに1度書いておきたかったので走り書き。
明日京都。
2010/6/21
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明日UST。
http://hihumiyo.net/usagiscope.html