rfsirenのブログ

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読んだ小説、新書などの感想を綴っていくだけのしがないブログです

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 タイトルからインパクトが半端でない、今回紹介したいのがこの本だ。
これは、「70歳になったら日本国民は強制的に安楽死しなければならない」という法律が制定された架空の未来を舞台にした小説である。
現実の日本社会も今日抱えている問題、少子高齢化がもしこのまま進んでいって極端で恐ろしい解決策が政府によって採用されてしまったとしたら?
これはそんな、どこか現実的で、どこまでも非現実的な物語だ。

 あらすじとしては、これは上記のような法律の可決によって振り回される、ある一家庭の話になっている。
法案可決から、長生きの意欲を失って家の荷物と化してしまった姑を抱えるとある家庭の主婦、東洋子。役立たずの夫やニートの息子も抱える彼女は、限界を迎え家出する。それにより、家族それぞれが再び現実と向き合っていくというストーリーだ。
ここで面白いのは、その法律の是非が問われるのがメインなのではなく、あくまで物語の主軸は、それを受け入らなければならずこれからどうしていくかに苦悩する一般的な家族の人々だという事だろう。
多くの読者がそうであるように、決まってしまった法律には抗うのではなく如何に折り合いを付けていくのかを考える方が賢いという考え方の現代日本人にとっては、要するにこの本のスタイルは共感しやすく、心のどこかで親近感を覚えるのである。

 もちろん、本の中では法案について議論も交わされる。
それは家庭単位でも、そして社会単位でもだ。
少子高齢化やニート、そして介護問題などいくつかの現代日本の重要な社会問題がこの物語には詰め込まれている。
そのどれもが、早急な対策の必要性に迫られながらも、しかし一般人の危機意識はかなり低いという事実で共通している問題でもあると言えるだろう。
この本はそれらの問題に対する注意喚起としての意味合いがメインテーマであり、加えてそこに家族の絆だったり命の大切さといったような、切り離せない要素も入れる事を忘れていない。
小説という、エンターテイメント性を重視するコンテンツとして言えば、その完成度は高い。

 この本の結末というか、着地点を最後に簡単に書いてしまうと、ハッピーエンドだ。
どういう意味かまでは語るまいが、しかし後味の良いストーリーに仕上がっている。
なので、タイトルで敬遠してしまうのはもったいない事だ、とだけ言わせて欲しい。
ショッキングな題名から、社会問題を考え、そして物語でスッキリする。
これはそうやって楽しむ類の小説なのだ。


『七十歳死亡法案、可決』垣谷 美雨(幻冬舎)
 この小説を最初に一言で言ってしまうと、「切ない」。
読後の深い余韻は伊坂作品お馴染みと言えるが、これほど切ない部類の余韻を読者に与える物語はというと、数ある伊坂作品の中でもダントツだ。

 本書は映画化もされているのだが、まだこのタイトルを知らないという方には絶対に先に本のほうを読む事をお勧めしたい。
というのも、内容的なネタバレは避けるがこの作品、文章だからこそ出来る壮絶な仕掛けが本の最初から最後に至るまで巧妙に仕掛けられているからだ。
読後には思わず、「言語って......言葉ってこんな事も出来たのか!」と脱帽する事間違い無し。
なので、もしも映画を先に観てしまえばそのインパクトがきっと半減してしまうだろう。
実際、自分も読んだし観たのだが、やはりこう言ってはなんだが映画では、文章ならではの仕掛けを再現仕切れていない感が否めなかった(因みに役者さんの演技は素晴らしかった。濱田岳と瑛太のダブル主人公は安定の演技力)。
映画のほうはやはり読後に、作品の世界を目で観てみたいという方にお勧めする。
上記のイマイチと言えなくもない仕上がりの所為か、映画版は観る人によって賛否が分かれる現状となっているものの、本を読んでる最中は頭の中だけにあった景色・世界が目の前にあるというのはやはり『アヒルと鴨のコインロッカー』を読んで好きになった者としては嬉しいことのはずである。

 この小説は、読んでいると一貫したテーマのようなものがあるのが見えてくる。
すなわち、世界は自分が知らないところでも回っているという指摘的なテーマだ。
数々の伏線が散りばめられ、物語が終盤に進むにつれてしっかりそれらは回収されていき、読んでる側としてはそれだけでもはやスッキリしてしまうのだが......実は、それらを物語の主人公が知ることは無い。
主人公の知らないところで誰かが何かを決意したり、何かトラブルがあった事が示唆される描写があったりするとして、最終的にそれらは物語的には必要でも主人公には関係が無かったりする。
物語の最初にAさんと戯れていた猫が、Aさんがいなくなった後、最後の場面で主人公と邂逅するようなものと言えばわかりやすいだろうか。
読者的には「あ、この猫、最初にAさんと遊んでた猫か」と、作品の冒頭とエンディングを結びつけてくれてこちらを感傷的にさせてくれるナイスな演出であり要素だが、主人公的にはただの知らない猫でしかないのである。
様々な人々がそれぞれの選択をし、色々な結末を迎えても世界は狭くてそれらが編み物のように絡み合っている——この『アヒルと鴨のコインロッカー』という小説は、まとめるとただそれだけの物語であるとも言えるだろう。
だが同時に、それ故に、読み終わった後には言葉に言い表せないような切なさが胸を満たすのだ。

 今の自分の身の周りの世界でも、もしかしたらそんな風に様々なストーリーが交錯しているのかもしれない。
今日、自分が拾った10円玉は、もしかすると予想もつかないような誰かの大冒険の果てにそこに落ちていたのかもしれない。
今まで何気なかった日常の一場面一場面に、新しい視点と想像力を与えてくれる――この作品には、そんな不思議な力が詰まっている。


                   『アヒルと鴨のコインロッカー』伊坂幸太郎(創元推理文庫)
『ゴジラ誕生物語』は、文研出版のノンフィクション書籍だ。

内容についてはタイトルを読んで字の如く、1954年公開の映画『ゴジラ』の製作物語。
『ゴジラ』が如何に作られ日の目を見るに至ったかを時系列に沿ってドキュメンタリー調に綴っている。
映画が作られるに至った背景、製作会社である東宝の抱えていた事情や、製作陣らの人物背景にも言及しており、この本は『ゴジラ』というテーマを除いても数々のクリエイターが集まり様々な困難を乗り越えて世を震撼させるものを作り上げたというサクセスストーリーのノンフィクション小説であるという一面を持っている。
製作中の物語などでは、もちろん製作秘話と呼ばれるような当時の裏事情なども豊富。ゴジラファンのみならず映画ファンならおもわず食いついてしまいそうな、その時代ならではの日本映画界の豆知識を知る事が出来る。
また、核技術関連の事柄にもしっかり触れている。
ゴジラを語る上で核技術・原爆の話は避けられない。
ゴジラは元々、核の申し子、原爆に対する恐怖の象徴として生み出されたのだから......とまあ、そのへんの事もこの本には詳しく書かれている。
ゴジラをすでに知る人からしてみたら常識だと言われてしまいそうな情報だが、数々の核関連の文献も資料として扱っている為、恐らく既存のゴジラファンにとっても新たな発見が多くある事だろう。
ゴジラが未知だという人も、読めば「ゴジラと核の繋がり」をほぼ完璧に理解すると同時に、核問題に関する知識も身につける事が出来、ゴジラを通じてちょっとだけ周りの人達より賢くなれるに違いない。
研究考察に関してもまとめられており、ゴジラというテーマに対する既存の様々な考察、また『ゴジラ』という映画に対してのこれまでの研究について書かれている。
普通に探したらWEBページ上でいくつもタグを同時に開かなければ集められないような考察の数々が完結に数ページ内に収められているのは、単純にとても便利だと感じた。
簡単に言うと、ちょっとしたゴジラ博士を気取れるようになるには十分な情報量が載っている。

この本は文庫本に比べると若干高価だが、値段に見合っただけの知識を読み手に与えてくれる、コストパフォーマンスに優れた一冊だというのが正直な感想だ。
ただ、ゴジラを知る人向きの本であるという事は最後に言っておきたい。
勿論、全く知らない人でもこれを読めばゴジラに関して非常に博識になれるだろう。
だが、そもそも1954年の『ゴジラ』を観ているというのが前提としてあらねばならない。
なので、もしゴジラを知らないが読んでみたいと本屋でこれを手に取る人がいたならば、私はその人に、是非とも本屋の帰りにその足でTSUTAYAに行き、そして邦画コーナーで『ゴジラ』(ここで1954年のものと1984年のものを間違えないように注意。カラーではなくモノクロのほうを選ぼう)を借りる事を強くお勧めする。
そして観終わってから、じっくりと『ゴジラ誕生物語』を読みふけってみてほしい。
もしそんな人がいたらだが、もしいたとしたらおめでとう、貴方もきっと今日からゴジラファンの仲間入りだ。