今日は5回目の生涯学習センターちえりあでの「市民講座」だった。

2018年にフードバンクをスタートし、2019年ころから人前で「フードバンク」について話す機会が徐々に増えた。月に1度は必ずどこかのシンポジウムや講座に呼ばれて講師という立場で話すようになった。私は人前で話すのが本当に苦痛だった。

どんなに言われても、目の前の人はかぼちゃには見えなかったし、「人からの目」や「評価」が気になっていたし、そもそも私の話に人が興味を本気で持っているということが信じ難かった。

しめしめコロナ禍はそうことが減るだろうと思いきや、逆にzoomを使用して講師として話す機会がより増えた。コロナ禍での生活困窮という部分にスポットが当たったためで、コロナ前の「食ロス削減」寄りのパワポ資料を「困窮者支援」に重心を置いた資料に上書きすることとなった。

それでも、まだ人前で話すことが苦痛だった。

ある日、「今はどんなに流暢に話しているあいつ(有名講演家)も最初はボロボロだったんだよ」という、講演家の友人の話をネット上で見かけた。
あんなにうまく話す人も、その友人から見たら最初はボロボロだったし、緊張していた時代があったんだという。

私は「人はどんなに向いてなくてボロボロでもそのうち慣れて、いつかは上手くなる。」という話を信じることにした。

私はそもそも向いていないことは、お金がかけられるなら別の人に任せよう派という流派に所属しているので(今も所属はそこ)、向いていないことをやるのは、ツルツルの靴底で冬の小樽の坂道を上るくらい無意味だと思っていて、もしそれを自分でやっているとしたら、お金がもったいないと感じているくらいしか理由がない。

でも、「フードバンクイコロさっぽろ」の話は今のところ私しか話せない。「なぜフードバンクを始めたのか」「フードバンクの苦しみと楽しさ」「時に空しくなる瞬間」など、物語的な話も非常に求められるため、どんなにお金を払っても代わりに話してくれる人がいない。

そして、最近はだいたい月に2回のペースで、目の前に集まっている人に向けて話しているが、2022年ころから人前で話すことが余り苦痛じゃなくなった。フッとトンネルを抜けたような感覚があって、人前で話すことが「嫌じゃない、むしろ楽しいかも」と思う仕事になった。

「あいつも最初はボロボロ」と暴露していた人は本田晃一さんでしたが、投げ出せない仕事は「いつか慣れて輝けるときがくる」と信じてみてほしい。

 

本当は2年くらいで慣れたかったけれど、6年かかっても同じくらいにはなれる。

今日の私のブログを読んだ人が、またこの話を信じてくれたら嬉しいと思う。