樹海に捧げる唄

樹海に捧げる唄

「世界樹の迷宮3」の、とあるギルドのお話とか。

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その日の羽ばたく蝶亭には、いつになくゆったりとした雰囲気が流れていた。

普段ならば、やれ強い魔物が下層に来た、やれ大王マグロが上がった等と情報が舞い飛ぶのだが、今日はそれが無い。

かといって、「ならば自分が美味しい話を持ってきてやろう」と樹海へ向かう冒険者も何となく少ない。

良く言えば落ち着いた、悪く言えばつまらない一日に、蝶亭の客は思い思いの時間を過ごしているのだった。


昼下がり、日当たりの良い席でミルクを飲みつつ談笑する少年と少女の二人組も、その一例である。


「最近は割と黒字が続いていますね。ケイト君が良い素材を取ってきてくれるお陰です!」


「そ、そんな……皆ががんばって魔物を倒してるから、だと思います……」


少女の方は、触れたら融けてしまいそうな程に繊細な金髪と澄んだ碧眼をしている。年の頃は十八程度だろうか。

その腰には華奢で可憐な容姿や白いワンピースに似合わない物々しい刀――八葉七福が佩びられている。

もう一人の、どこか中性的で頼りなさそうに見える少年の方も、此れに負けず劣らずの綺麗な金髪碧眼だ。

武器も持っておらず、見るからに非力そうである事から、彼が戦闘要員でないことは察する事ができるだろう。


この二人は今や押しも押されぬ強豪ギルドの一つになった〝レシタティーヴォ〟のメンバー、ミントとケイト。

特にミントの方は、その先頭に立ち続けて彼等を此処まで引っ張ってきたギルドリーダーである。


ふと。談笑をする二人は、ごく近くの席から自分たちに向けられている視線に気付いた。


「……?」


ミントが其方へ視線を向けてみれば、その先に居るのもまた自分たちと同じ二人組みだった。

赤毛とアホ毛の修行僧と砂色の髪の星術師の組み合わせといえば、思い当たる節が無いわけではない。

ペコリとケイトが頭を下げると、向こうの二人組みの方もまた軽く会釈をした。


「えっと。〝フロウリーフ〟のイルネスさんとツキヨミさん、ですよね?」


「そういうお嬢さんたちはミントとケイトだっけ? ええと、〝レシタティーヴォ〟だっけか」


どうやら彼等は自分たちの事を知っていたから視線を向けていたらしい、と二人は理解する。

彼等の所属する〝フロウリーフ〟もまた相当な力を持ったギルドだ。そこの創立者の二人も確か――。


「いやー、ウチにも仲の良い姫さんと農民の子がいるからさ。奇遇だな、と思ったんだよね」


「……そ、そうなんですか……」


ニコニコと人当たりの良い笑みを浮かべるのは、赤毛を三つ編みに纏めた修行僧の青年イルネス。

それと対照的に、髪で片目を隠した占星術師のツキヨミは何となく神妙な面持ちをしていた。


「其方も随分調子が良いそうですね? 私達も貴方達に負けてはいられませんね……」


「お、競争だな! まあ、俺たちだって他のギルドに負ける気なんて更々無いんだけどなー」


ミントとイルネスは二人で快活に微笑みあう。冒険者として、他と競う気持ちは強いのだろう。


――ふと。これまで言葉を発さなかったツキヨミが二人の方に向き直り、口を開く。


「……そなた達は、何ゆえ世界樹の迷宮に挑むのか」


「へ? なんで……ですか?」


占星術師の突然の質問に、ミントとケイトはキョトンとした様子で顔を見合わせる。


「あー、俺は姫さんに力を貸す為……と、強くなる為だけど、他のギルドがどうかは知らないしな」


「……」


自らに質問されたかのように一人思い返すイルネスと、二人の答えを待つように口を閉じるツキヨミ。

この海都で理想を語る事を恥じる必要など一切無い。ミントとケイトは、彼等へと向き直った。


「私は、この樹海の〝真実〟を識るため。その果てにあるものをこの目で見るためです」


「……ボクは……皆を支える為、あ、あと、両親への仕送りを……です」


「へぇー。なんだかカッコイイ目標持ってるじゃねーか、お嬢さん達!」


それだけ聞くと、ツキヨミは「ふむ」と言って一つ頷いた。満足の行く答え、だったのだろうか?

話が終わると、ところで、と。イルネスはミントの腰に佩びられた刀を指差しながらそう切り出す。


「お嬢さん、強いんだって? なんでも海都最強の姫様だそうじゃねーか」


「そんな……。私なんて大した事はありませんよ」


「へへっ、大した事無いかどうかは――俺が決めればいい。一丁、勝負といこうぜ?」


「……え? ま、まあ良いですけど……」


「決まりッ! ツキヨミ、ちょっと行ってくるぜー!」


そう言うと、イルネスは三人へと手を振りながらそそくさと酒場を出て行ってしまう。

それを追うように、ミントも残りの二人へ礼をして立ち去っていき――残るはケイトとツキヨミだけだ。

何となく気まずいし、ミントさんを追おうか。ケイトがそう思った時、占星術師が口を開いた。


「……農民の子よ」


「は、はひっ」


びっくりした所為で声が裏返り、あどけないケイトの顔が耳まで真っ赤に染まる。

そんなケイトの様子を全く意に介さず、ツキヨミは落ち着いた口調で話を続けた。


「そなたは先程、皆を支えると言ったな。その言葉に偽りは無いか」


「……え。は、はい、勿論ですっ……」


今更どうしてそんな事を聞くのだろう、そんなに信用できなかったか。ケイトは怪訝そうな表情を浮かべた。

ケイトのその言葉を聞いたツキヨミは、ふぅ、と一つ息を吐くと一つの目で彼に真っ直ぐ視線を向ける。


「――あの姫君からは、強い狂気の星が見て取れる。近くそれが顕れるかもしれない」


「へ、星……?」


「そなたは〝それ〟が起こった時にも、今の言葉を曲げないと断言できるか?」


言い方こそ占星術師独特の物で何となく胡散臭くも感じられるが、恐らくその言葉に偽りは無いのだろう。

確かに、樹海の中でも彼女が多少おかしな様子を見せる事が時々あった。この先、まだあんな事が。

――きっ、と。ケイトもまた真っ直ぐにツキヨミの目を見つめ返し、小さくとも意思の通った声で返す。


「断言、できます。ボクは一生――ミントさんを護ります」


そう言った後で、どうして他人に愛の告白のような言葉を言っているのか分からなくなり、ケイトは目を逸らす。

言葉を受け止めたツキヨミの表情は、何となく安心したような、微笑んでいるようなそれだった。


「……そなたと姫君とに、良き星の巡りがあらん事を」


その言葉を挨拶を受け取った彼がツキヨミに返事をしようとして顔を上げた時には、もうその姿は無かった。

不思議な人だったな――。ケイトは小さく溜息を吐くと、今度こそミントとイルネスを追うべく酒場を出るのだった。



余談だが、ミントとイルネスは御代を置いていかなかったため、ケイトが3人分の代金を払う羽目になったそうな。




春月灯さん、イルネス君とツキヨミさんを貸していただいてありがとうございました。

イルツキの二人視点のSS(春月灯さん作)はこちら→ ttp://1stfloor.firstlove.syarasoujyu.com/novel/kouryu_01.html