東スラヴ共和国 工業地帯 16:00
東スラヴ共和国の工業プラントは、
鉄とコンクリートが織りなす無機質な要塞だ。
無数の施設がひしめき合い、煙突から白い煙が空に伸びる。軍用車両が轟音を立て、兵士たちがロシア語で怒号を交わす。
戦場特有の不穏な気配が漂い、
まるで嵐の前の静けさのように空気が張り詰めていた。
自動小銃や対戦車砲、重機関銃を構えた兵士たちが慌ただしく動き回る。
戦車や装甲車が配置につき、プラントの各所を固める。
そして、巨大な影が点在していた。
16メートルの人型機動兵器――bEXM-15 ポルタノヴァ。
東欧の軍産複合体「バイロン・アームズテック」が開発した汎用エグザマクスだ。
丸みを帯びた装甲と、膝下の無骨な工業機械のようなフォルムが特徴で、巨大な自動小銃を構え、周囲を鋭く見据えている。
東スラヴ共和国は、バルト海に面した港湾部と、
寒冷な森林や広大な平原を擁する独立国だ。
豊富な地下資源と工業力で急成長を遂げたが、歴史的には近隣の超大国に支配されてきた。数十年前に独立を果たしたものの、
国内は不安定だ。政府軍と反政府勢力による戦闘や大小様々なテロが後を絶たず、
政府はこれを「反政府組織の仕業」と喧伝する。
しかし、裏では一部の富裕層――
反政府勢力から「オリガルヒ」と蔑まれる者たちが、政治と経済を牛耳っている。
政府と反政府勢力の軋轢は、独立以前から続く深い溝だった。
この工業プラントは、政府側に属する科学企業の重要拠点だ。
数分前、反政府勢力「東スラヴ開放戦線」による奇襲攻撃が始まり、
静寂は一瞬にして砕け散った
戦場の幕開け:
西側で警戒にあたっていたポルタノヴァが、
突如として爆炎に包まれた。轟音とともに機体が四散し、金属の破片が周囲に飛び散る。
兵士たちの動きが一気に加速し、
まるで蜂の巣をつついたような混乱が広がった。
正面ゲートが爆発で吹き飛び、併設されていた警備詰所が炎に飲まれる。
破壊されたゲートから、武装した民兵――
東スラヴ開放戦線の戦闘員たちが雪崩れ込む。
高い外壁を軽々と飛び越えるのは、
反政府勢力が運用するポルタノヴァだ。
政府軍のものとは異なり、彼らの機体は不揃いだ。武器や装甲は統一感がなく、鹵獲や修繕でかき集めた部品で構成されている。
錆びた装甲や無骨な追加装甲をまとう機体もある。それでも、戦場での動きは鋭く、目的は明確だった。
プラントは瞬く間に戦場と化した。銃撃戦の火花が飛び、爆発音が響き渡る。政府軍のポルタノヴァが反政府勢力の機体と激しくぶつかり合い、金属同士が擦れる甲高い音が空気を切り裂く。
建屋の屋上に陣取った政府軍兵士が、対エグザマクス用誘導砲を展開しようとした瞬間、反政府勢力のポルタノヴァが大口径マシンガンを乱射。
コンクリートの屋上が血と破片で染まる。
別の地点では、政府軍のポルタノヴァが反政府勢力の機体に組み付かれ、激しい格闘戦が繰り広げられる。反政府側の機体が振り上げたサブマシンガンが火を噴き、政府軍機のコックピットを貫く。爆炎とともに機体が崩れ落ち、地面を揺らす。戦場は混沌そのものだった。爆炎、悲鳴、燃え上がる火の手。
プラントのいたるところで、命が散っていく。
死神の降下:
茜色に染まる空を切り裂き、
小型航空輸送キャリアー
――通称「ストーク」が低空で飛来する。
ヨーロッパ製のV.T.O.L機で、
「コウノトリ」を冠するこの機体は、物資からエグザマクスまで空輸可能な大型格納ユニット、通称「ゆりかご」を備えている。
機体下部のハッチがゆっくりと開き、ゆりかごの内部が姿を現す。
そこには、北米の軍産複合体「サイラス」が
製造するeEXM-17 アルトが収められていた。
直線的で洗練されたフォルムは、
まるで戦場の芸術品だ。ダークブルーの機体に、
頭部センサーが赤く不気味に光る。
その姿は、戦場に舞い降りる死神を思わせた。
このアルトは特殊なカスタムが施され、
バックパックに高周波振動ブレードを懸架し、90mmサブマシンガンを装備した強襲仕様だ。
パイロットは政府から依頼を受けた傭兵。
任務は単純明確――「反政府勢力によるプラント襲撃の掃討、および領域内の全てのターゲットの抹消」。驚くべきことに、政府はこのプラントを守る自軍の兵士すら切り捨て、傭兵に全権を委ねていた。
ストークのハッチが完全に開き、アルトが地上へと降下する。重厚なジェネレータの駆動音が戦場を圧し、ダークブルーの機体が夕暮れの光を浴て現れる。
眼下では、政府軍と反政府勢力がなおも激突している。だが、この死神の到来は、両者に等しく終焉をもたらす。
掃討の嵐:
アルトが地面に着地すると、衝撃で土煙が舞い上がった。
頭部ユニットのセンサーが戦場をスキャンし、
赤い輝きが敵味方を無差別に捉える。
傭兵の声がコックピット内で冷たく響く。
「全ターゲット確認、排除を開始する。」
アルトの90mmサブマシンガンが火を噴き、
反政府勢力のポルタノヴァに弾丸の嵐を浴びせる。
装甲が砕け散り、機体が爆発する前に次の標的へ。政府軍の兵士が混乱の中で叫び声を上げるが、傭兵には関係ない。任務は全ての敵を殲滅すること――政府軍も例外ではない。反政府勢力のポルタノヴァが格闘戦を挑む。
錆びついた装甲の機体が、
高周波ナイフを振り上げて突進してきた。
傭兵のアルトは一瞬で反応し、
バックパックから高周波振動ブレードを抜き放つ。刃が空刃と化し、青白い光が戦場を切り裂く。
ポルタノヴァの装甲が一刀両断され、火花を散らしながら崩れ落ちる。
反政府の兵士たちが呆然と立ち尽くす中、
アルトは次の標的へと動き出した。
政府軍のポルタノヴァが反撃を試みるが、
動きは鈍重だ。アルトは倒れ伏した政府軍のポルタノヴァに近づき、動かなくなった機体からロケットランチャーを拾い上げる。
次の瞬間、轟音とともにロケットが反政府勢力の装甲車を直撃。
炎と黒煙が空を覆い、戦場に新たな恐怖が広がった。
傭兵のアルトは、まるで死神そのものだった。
政府軍、反政府勢力の区別なく、正確かつ無慈悲に敵を排除していく。
サブマシンガンの弾幕が兵士たちを薙ぎ払い、高周波ブレードがポルタノヴァを切り裂く。戦場は次第に静まり返り、生き残った者たちの叫び声すら途絶えていく。
終焉:
戦場に静寂が戻った。プラントは無残な廃墟と化し、炎と煙が立ち込める。
ダークブルーのアルトは、なおも無傷で屹立していた。
赤いセンサーが薄暮の空に不気味に光り、
戦場の唯一の支配者を静かに示す。
上空で待機していたストークが再び降下し、ゆりかごのハッチが開く。
アルトは静かに格納され、ハッチが閉じると同時にストークは轟音を上げて飛び立った。戦場に残されたのは、破壊と死だけだった。
傭兵の受けたこの依頼は、きっかり30分で完了した。