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5Rexのブログ

思案中…

4月4日
シャ乱Qボーカリストつんく♂さんが
母校・近畿大学の
入学式のプロデュースを手掛け
そのサプライズゲストとして登場し

喉頭がんとの闘いのために声帯摘出の
手術を受けていた事を公表しました

そういえば
故・忌野清志郎さんは
喉頭がんの手術を回避して
つんく♂さんとは逆の道を選んで
この世を去りましたね…

やはり残された者の事を考えると
つんく♂さんの選択は正しいと
思います


1988年12月に
近畿大学の学生5人で結成したシャ乱Q

1992年にメジャーデビューを果たすも
2年間は鳴かず翔ばずで
これが最後と意気込んだ1994年の
「上・京・物・語」が
スマッシュヒットとなり
その勢いを風に
同じ年に出した「シングルベッド」が
ミリオンセールスを生み
今の地位の足掛かりをつけ

つんく♂さん個人として
その地位を確かなものにしたのが
モーニング娘。の
プロデュースでしょうか?

当時の私めは音楽を余裕で
聴けないくらい
生きる事と闘っていて

シャ乱Qやモーニング娘。の活躍は
テレビに頻繁に出演していた時の事しか
記憶が無く

一般にあまり情報が上がらなくなったと
同じく私めもこの2つのワードは
記憶の中の存在でしか無くなって
行きました

それが
ある切っ掛けで2012年に
少女歌劇ステーシーズで
田中れいなを知り

不思議な魅力に興味がわいてきて
過去をさかのぼり学習して行くと

つんく♂さんの
モーニング娘。での楽曲や
芸能界での生き残りをかけた
プロデューサーとしての手腕が
見事だな~っと
改めて感心してしまいます

そんなつんく♂さんのハスキーvoiceを
自分の中では2013年の
ミュージックフェスタVol.0での
飛び入りゲストが最後になるとは
あの時は思いもしませんでした…



シャ乱Qは2000年に1度休止して
2006年から再び活動しています

2013年には結成25周年を迎え
円熟味のあるライブツアーも行い
精力的に活動していたのに
今回の件は残念でなりません

この2年程
医療に専念しながら
仕事の量を減らし
病と闘っていたようです

その影響か?LovendoЯも



いつの間にか つんく♂さんの手を離れ
誰がプロデュースしてくれているのか
分からない状況で今日に至ってます

入学式の祝辞の最後に
「私も声を失って歩き始めたばかりの1回生。皆さんと一緒です。こんな私だから出来る事。こんな私にしか出来ない事。そんな事を考えながら生きていこうと思います」と決意。「皆さんもあなただから出来る事。あなたにしか出来ない事。それを追究すれば、学歴でもない、成績でもない、あなたの代わりは無理なんだという人生が待っていると思います」とエールを送ったようです